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この間、いろいろ営業のメールを出してみたが、その一つからお断り電話があった。普通はメールならばメールで返事がありそうだが、メールを書くのも面倒ということだろうか。電話一本で断る程度の事ということなのだろう。

それにしても、この国でまともな仕事をすることは難しい。まだまだ撃ち方が足らないのだとは思うが。数撃てば当たると思っていいとは思うが、必ずではない。なかなかもどかしい。また、めげずに営業を続けよう。

明日は、親友と会う。お互いに話したいことはたくさんある。当然、今日のお断りの話もするつもりだ。
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今年は、ちょっと読めなくなった。花粉症のこと。去年はマスクでほとんど防げたと思ったが。今年は、マスクをしても出る時には出る感じがする。仮にクシャミが出ないにしても水のようなハナがタラーと流れ続ける。ひどい時には一日何もできない。今日もなかなかひどい。香りの付いたマスクもいいのでまた注文してみよう。アロマももちろん有効だと思う。

症状ではないが、営業が思わしくない。反応が無いというか、当然というか。やはり、どこの社会も守りに入っていて、自分をいかに守るかしかないのかもしれない。放射能についてどれだけ心配しているのか、秘密保護法がどんなに害悪をもたらすのか、TPPで息の根を止められるのか。そんなことよりも、まずは自分を守るか。負担を軽く、長く、平穏にがスローガンかもしれない。それ自体は正しいと思うが、後から来た者を排除したり、他人には認めない姿勢は歴史をストップさせてしまう。

東京の汚くも生き生きしていた時代を少しでもかいま見た私としては、世の中が活気ある姿であって欲しいと思う。何でもやってみる、調べてみるという姿勢が大事だ。私の仕事もそういう意識が高まらないと流行らないというかお呼びでなくなる。勉強の無い社会は無いと思うので完全に無くなることはあり得ないと思うが、それにしても辞書や事典が喜ばれなくなったと思う。受験生だけが見るものではないのだが。

郷土の歴史も重要だと思うようになった。これらは、調べようと思ってもなかなかわかりにくい。資料があっても専門的な知識が必要だったりする。だから、これらを整備して現代語訳も付け、検索もバッチリにすれば、かなり使える。一つの自治体だけということはないので、全国の自治体が整備して行けば使えるデータとなる。

私の提案は、それに比べると原資料を入手すること自体が難しい上に、翻訳も難しいかもしれない。逆に言えば、それだけにやりがいがある。長年、こういうことをやってきた私たちだからこそ挑戦できる事業だ。すべてわかった気になっている大人には魅力は無いかもしれないが。しかし、それは幻想だ。学校で得た知識などたいした事は無い。一度離れて、自分で始めた勉強こそ本物だ。そのための資料作りだ。

これをフラッシュバックというのか、東京での日々が時折、勝手に再生される。そう、文字通りビデオを見るかのように目を閉じていると映像が浮かぶ。食事の光景が多い。その行き帰りの光景というのもある。事によると、ニオイまで感じるように思うこともある。

それもこれも、逃げるように昨年の12月に離れたからだろうか。私の予定では少なくとも今年の1月まではいようとすら思っていた。単純に成田山に行ってからだと思っただけだ。そして、結局、12月に決めたが、片付けが思うように進まず、当日まで大変な引っ越しになってしまった。私自身も死ぬほど苦しかった。お金の無い引っ越しがどれだけ寂しいものかも実感した。

私の頭によみがえるのは、311以前の東京だ。汚いなりに、まだ夢や希望のある街だった東京を思い出す、というだけのこと。311以降は不思議と思い出さない。食事に行く事も無くなったからでもあろう。本当に手のひらを返したようにお誘いも無くなった。最後は、そば屋という有様だった。

何度も諦めたのだが、自分の心の中までは説得できないということなのか。「昔は良かった」と思い続けているのだろうと思う。柴又のあの地が気に入っていて、死ぬまで過ごす予定だっただけに、それは事実だろう。

故郷に避難した形になって、私自身は納得しているのだが、私が手放した社員はどうなるのか。そのことが心残りだった。だからこそ、こちらでがんばりたいのだが、未だ成果は出せずだ。後悔よりも希望を持ち、大胆に行動することが求められる。今後は、より正確な情報が求められる時代だけに、私たちの活躍する場はたくさんあると思う。根拠は無いのだが、希望を持とう。
激しいクシャミは数回に抑えられているが、シンドイにはしんどい。土曜日などは、一日中、調子が悪かった。昨日も油断をするとクシャミが連続しそうな日だった。今日も激しい、クシャミではなくて花粉の飛ぶ量が。岡山もこれをもって春だろうか。バイクでもそろそろ、冬装束では汗が出る感じだ。

私はこれまで何度も春に苦い思いをしてきたが、おっさんになっても味わうとは思ってみなかった。それなりの経験をするわけだから、まるで無能でもない。あぶれるにしても程度の問題くらいに思ったが、ことによるとずっと無いこともあり得るのかと思えたりする。弱っている証拠だろうか。

そして、私がやるべき仕事が無いのかというと死ぬまでにできないくらいの仕事はあると思っている。丁寧にデータを作って来た私たちが要らないというのであれば、国民が不幸だろう。使えない検索に、壊れたデータでは。何とか、この世を終えるまでに誰もがちょっとタブレットを広げれば、嫌というほど、本物の情報が出てくるようにしたい。私の願いだ。
Macの設定が途中で中断してしまった。やるべきことは、あとわずかだったと思うが、面倒になった。Macの場合、かなり苦労しても実現できればそれなりの成果があると見ているのだが、そもそも面倒が過ぎると、今後は続かないと思い出した。ただ、意欲が無くなったというのは大きいので、もう少し待って再挑戦するつもりだ。今はマズイと判断した。

Mac OS Xは、もちろん慣れないOSだ。しかし、キーボードとかマウスパッドの使いやすさは、かなりいいと思っている。ソフト類は評価しないが、ひどいというほどのことではない。BSDとして使いたい私には使い勝手がイマイチだと言っているだけのこと。まだ、Ubuntuの方が情報があり、分かりやすいと思う。仕事にもプライベートにも使える感じがする。

いろいろなOSに手を出してデータベースを入れているのは、もちろん使いやすいものは何かを追求しているからだ。一般の人はiPadで見るだけでもいいのだが、ちょっと作業をする人にとって何がいいのかというのも知っておきたい。いや、私がそういうのを普段から使っていたいからだ。これまで、どうも設定だけに終わっていたからだ。iPadの登場で、いかに見せるかということを非常に意識するようになった。

私がMacを使う意味は、できれば、ここで開発できたりしたらいいなあ、という色気からだ。時間的にどうかという問題と今回のように興味が薄れたりするとたちまちダメになるのだが、魅力的な空間ではある。Windowsを使い続ける意味よりもずっと大きいと思う。分からないから使わないという愚は避けたい。

Androidはもっぱらラジオ受信機として使っている。やはり制限の多い環境なので使うには使うが、通り過ぎるOSだと思っている。やはり、Ubuntuがタブレットでも使えるようになれば、それをメインにしたい。もちろん、こちらでも開発できるように。

営業は進んでいない。いろいろとメールを出したりするのだが、面倒な内容になると自己保身の思いが出るのだろう。返事も来ないことが多い。岡山のような田舎だとそんなでもないのでは、という期待があったが、やはり同じだろう。東京などと。これまで通り、何もせず、何も考えず生活環境を保ちたい。そんな所だろうか。そういう発想がますますだめにしてしまう、地方を。地方から変える、とかよく聞くが、変わらない。

また、どこかへ進出して行かなければならないだろうか。今週は、その辺を考えるし、調べる。仕事がしたい。
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