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先日は、最後の仕事の打ち合わせをしてきた。最後かどうかはわからないのだが、一応決まっていることでは最後だ。最初は、やったこともないし嫌だったのだが、調べているうちにこりゃおもしろいかもということになった。経験にもなるし、最後においしい仕事ができると思えた。
今のご時世、どこの会社でも世知辛い、ケチな話ばかりだと思うが、我々の打ち合わせは希望に満ちていて和やかで、ユーモアもある。これまでの経過がウソのような展開だ。何をしているわけでもない。経験と技術に基づいた話は、いつでも安定している。私は、そんな中、思いっきり技術を伸ばせるわけだ。あと少しだが、この時間はおいしいと思えた。
今のご時世、どこの会社でも世知辛い、ケチな話ばかりだと思うが、我々の打ち合わせは希望に満ちていて和やかで、ユーモアもある。これまでの経過がウソのような展開だ。何をしているわけでもない。経験と技術に基づいた話は、いつでも安定している。私は、そんな中、思いっきり技術を伸ばせるわけだ。あと少しだが、この時間はおいしいと思えた。
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昨日は、例によって飲めないが飲んできた。出版関係の人なので、意見交換という意味もある。もっとも私の方から出る情報はあまりない。東京の出版社は、今、電子書籍に狂奔しているという。国の補助でやっている電子書籍も思ったより費用もかかることがわかりふん詰まり状態だという。さもあろう。
私は、やりたくてもできない状態なのでくやしいから勉強に徹している。調べれば、そんなにお先真っ暗でもなく、やり方の問題なのだということがわかる。しかし、いろいろなアイデアを持っている人が、最前線で仕事をしているわけではないし、経営者側の柔軟性も失われているため、どうにもならない状態にあるようだ。東電が仕事をしているふりをしているのと同じで、コミックが売れるなら文字も売れると電子書籍をひたすら安く安易に作っている。なぜデジタルなのかというフィロソフィーもないままにだ。
結果は、売れないということになる。紙の本に比べ、安くもなく便利でもない。今、やっていることは仕事をしているふりなので、便利なものを作るコストを削り、不良債権を増産しているに等しい。能力のない連中は、こうする他やりようがないのだ。
残念ながら、今を解決する方策をいくらでも持つ私は、コストがかかったりつながりがなかったりでお呼びではない。もちろん、知り合いの方も力になれないことをわびていた。わびるようなことではないのだが、前回よりも逼迫しているのかもしれない、出版の現状が。あくせくしているわけではないようだったが、現状を変えようもないのがもどかしいのかもしれない。
私のことを確認してくれていたから、もう一度くらいは会って話をすることになるかもしれない。中国語のOB、そして彼。せっかくの出会いなので、いつか一緒に仕事をしてみたい気がする。OBは、確か70歳のはずなので、急がなければならない。私も理屈というか人を説得できる理論を持たなければならない。
私は、やりたくてもできない状態なのでくやしいから勉強に徹している。調べれば、そんなにお先真っ暗でもなく、やり方の問題なのだということがわかる。しかし、いろいろなアイデアを持っている人が、最前線で仕事をしているわけではないし、経営者側の柔軟性も失われているため、どうにもならない状態にあるようだ。東電が仕事をしているふりをしているのと同じで、コミックが売れるなら文字も売れると電子書籍をひたすら安く安易に作っている。なぜデジタルなのかというフィロソフィーもないままにだ。
結果は、売れないということになる。紙の本に比べ、安くもなく便利でもない。今、やっていることは仕事をしているふりなので、便利なものを作るコストを削り、不良債権を増産しているに等しい。能力のない連中は、こうする他やりようがないのだ。
残念ながら、今を解決する方策をいくらでも持つ私は、コストがかかったりつながりがなかったりでお呼びではない。もちろん、知り合いの方も力になれないことをわびていた。わびるようなことではないのだが、前回よりも逼迫しているのかもしれない、出版の現状が。あくせくしているわけではないようだったが、現状を変えようもないのがもどかしいのかもしれない。
私のことを確認してくれていたから、もう一度くらいは会って話をすることになるかもしれない。中国語のOB、そして彼。せっかくの出会いなので、いつか一緒に仕事をしてみたい気がする。OBは、確か70歳のはずなので、急がなければならない。私も理屈というか人を説得できる理論を持たなければならない。
たまたま、隣に座ったのが大阪から来ているカメラマンのT君だった。彼とは年賀状だけの付き合いで、5年前に少し話しただけだった。今回はいろいろ話したが、彼の不満を聞くことができた。彼が言うには、もっとファンの要求を入れてライブなり、コンサートをやれということだった。タイトルが違っても中身は一緒というのでは、あかんということらしい。ライブのCDも買っていないという。どこまでも現実的で実際的な男だ。
昨日のコンサートも、良し悪しで言うならば、昨年の京都でのライブの方が良かったという。そんなことなら無理してでも行けば良かった。(--;)昔の古い曲を歌うかどうかというのもポイントらしい。確かに新しい歌だけでは不満だ。それ故、昨日は二回もアンコールの催促があった。しかし、二回目は無視されて電灯をつけられてしまった。
私も毎回アンケートに答え、要望は出しているが、確かに聞き入れられたような記憶はあんましない。私は、以前こういうことに怒っていたが次第に順応して行った。龍雲もアーティスト、気分によるのだろうと。
昨日のコンサートも、良し悪しで言うならば、昨年の京都でのライブの方が良かったという。そんなことなら無理してでも行けば良かった。(--;)昔の古い曲を歌うかどうかというのもポイントらしい。確かに新しい歌だけでは不満だ。それ故、昨日は二回もアンコールの催促があった。しかし、二回目は無視されて電灯をつけられてしまった。
私も毎回アンケートに答え、要望は出しているが、確かに聞き入れられたような記憶はあんましない。私は、以前こういうことに怒っていたが次第に順応して行った。龍雲もアーティスト、気分によるのだろうと。
安らぎに満ちた時間になると思っていたのだが、最後まで気分の悪い同窓会だった。私が悪いのか、それとも。代表の方が、ビデオ撮影を嫌っていたので、多分私が悪いのだろう。
私は、記念になると思い、二時間まるまるでも撮って残す予定だった。ネットにアップするのかというと現実的には無理だったろう。私が撮っていると前に立ちはだかり、バツをする女性がいた。これで私は完全に気分を壊してしまった。撮って自分で楽しむ分は自由だろうにとも思ったが、小さな集まりなので私のような輩がいるとは思わなかったのかも。
私としては、代表の方に「撮るのはいいけど、YouTubeなどにアップしないでね。」と言われれば、納得できたかもしれない。青春同窓会に出た時もそうだった。あの時は、結局、私は自分で撮って楽しんだだけだった。
次回は、もう呼ばれないかもしれない。ビデオ撮りの戦犯として。龍雲本人は、どこまでも愛想良く応対してくれたことは書いておかねばならない。私は、完璧を主張する龍雲に対して、間違いも含めてファンにはおいしいものだと伝えておいた。龍雲は、「そりゃどうも、ありがとうございます。」と言っていた。
確かに完璧であれればいいのだが、人間のやることなので力んでしまい、うまく表現できないことだってある。それをとがめるのはどうかと思う。完璧を求めるならば、CDを買うべきだろう。龍雲のコンサートを見ていて思うのは、いつも本人の完璧でなければならないという気負いだ。私が見たいのは、記憶に残る一時なのだ。突然、ピアノを弾いたりするノリだろう。それがおもしろいと去年感じた。
さて、私のモヤモヤした憤まんやる方のない気持ちはどうすればいいのだろうか。ケチのついたビデオは、あまり見たくない気持ちだ。AVでも見れば、スッキリするとは思う。だが、問題の解決には少しもなっていない。同窓会のような小さな集まりの中でうまく過ごすことの難しさだろう。多分、気にしないことが一番だと思うが、こういうことを気にしない人間ならば、そもそも悩むことなどない。小さな事で悩むからこそ、苦しいわけだ。
きのう、今日とマスクをしていため、肝心なところでのクシャミは避けられた。体調が悪いわけでもないので、これくらいで済んだのだろう。
私は、記念になると思い、二時間まるまるでも撮って残す予定だった。ネットにアップするのかというと現実的には無理だったろう。私が撮っていると前に立ちはだかり、バツをする女性がいた。これで私は完全に気分を壊してしまった。撮って自分で楽しむ分は自由だろうにとも思ったが、小さな集まりなので私のような輩がいるとは思わなかったのかも。
私としては、代表の方に「撮るのはいいけど、YouTubeなどにアップしないでね。」と言われれば、納得できたかもしれない。青春同窓会に出た時もそうだった。あの時は、結局、私は自分で撮って楽しんだだけだった。
次回は、もう呼ばれないかもしれない。ビデオ撮りの戦犯として。龍雲本人は、どこまでも愛想良く応対してくれたことは書いておかねばならない。私は、完璧を主張する龍雲に対して、間違いも含めてファンにはおいしいものだと伝えておいた。龍雲は、「そりゃどうも、ありがとうございます。」と言っていた。
確かに完璧であれればいいのだが、人間のやることなので力んでしまい、うまく表現できないことだってある。それをとがめるのはどうかと思う。完璧を求めるならば、CDを買うべきだろう。龍雲のコンサートを見ていて思うのは、いつも本人の完璧でなければならないという気負いだ。私が見たいのは、記憶に残る一時なのだ。突然、ピアノを弾いたりするノリだろう。それがおもしろいと去年感じた。
さて、私のモヤモヤした憤まんやる方のない気持ちはどうすればいいのだろうか。ケチのついたビデオは、あまり見たくない気持ちだ。AVでも見れば、スッキリするとは思う。だが、問題の解決には少しもなっていない。同窓会のような小さな集まりの中でうまく過ごすことの難しさだろう。多分、気にしないことが一番だと思うが、こういうことを気にしない人間ならば、そもそも悩むことなどない。小さな事で悩むからこそ、苦しいわけだ。
きのう、今日とマスクをしていため、肝心なところでのクシャミは避けられた。体調が悪いわけでもないので、これくらいで済んだのだろう。
お彼岸で岡山入りしたのが、先週末。帰った瞬間から空気のキレイさを感じた。健康だったのか、車内で普通に食事もして帰った。一番の任務であるお墓掃除は済ませたものの、畑の耕しがまだだ。お袋が、ほうれん草を摘むから待ってくれと言われているのだ。あと、タンスの移動という大仕事もたのまれている。
ツレと飲みに行ったが、今時の居酒屋でタブレットで注文するシステムだった。それなりにわかりやすいが、儲かるか儲からないかという意味ではどうか。タブレットでは、店のイチオシも宣伝できないだろうに。日曜日で暇なのか、テーブル席に座れた。若者が大騒ぎしていたが、それは奥にそういう席が用意してある。空間的にも考えられていた。ただ、料理は美味しいとは思わなかった。ちょっとしつこい。
私としては、この休みの間に勉強もしてと考えていたのだが、お袋の調子が良くない。倒れるという感じではないが、死を口にしたり、とにかく暗い。睡眠がうまくとれていないとか、胃の調子が悪いとかいろんな理由はあるのだろうが。私は、ガラにもなく片付けや、掃除を率先的にやった。
タイの友人と連絡もとれた。なかなか厳しい状況だったようだ。私としては、何とか力を合わせて大きな仕事をやりたいと本気で思っている。まずは連絡がとれたので、これからゆるりとやりとりをしようと思う。
もう一軒、年末に一度飲んだ人と、また会えそうだ。特に仕事につながるような話では無いものの、近くで働いている者同士、情報交換といった感じだ。もちろん、楽しみにしている。この私が、サラリーマンのように仕事帰りに飲みに行ったりするのがおかしい。家に着くのが9時という健全な飲み会だ。
ちょっと気になっているというか、重くのしかかっているのは原発事故だ。東電がまた電源が停止したと騒いでいる。どこまでが真実の情報なのかわからないのだ。実は、帰りに東電の知り合いから電話をもらった。仕事のことではなく飲み会のことでだ。今日やるということなので私は行けないことを伝えた。最も余裕のあるやつだったが、声は暗く、余計なことは一言もしゃべらないといった感じだった。私もつらいので、できれば会いたくないと思っていた。彼を憎んでいるわけではないが、最終的には、反目する間柄にならざるを得ないのだろうから。
帰る直前から鼻の調子が激しく悪い。それだけ東京でも岡山でも花粉等が飛び回っているということなのだろう。帰った日が特に激しく何度発作が出たことか。今日はマシだが、発作が無いということではない。免疫の能力が下がっているということなのか。クシャミは、自己免疫疾患だと思うのだが。
今週末から悲喜こもごもといったところ。うれしいのは龍雲の歌会、同窓会が週末には控えている。金曜日から仕事復活だが、なんと天敵と同じ部屋での仕事なのだ。私は話を聞いた時、いよいよ最後の追い出しにかかったなと思った。私は5月で仕事を終える、リストラおじさんだからだ。私の方が立場は圧倒的に弱い。監視されながらの仕事を2ヶ月もやれというのか。( ̄◇ ̄;)
ここに来ても希望に満ちた話は特に無い。この金曜日は大いに原発反対の声を張り上げよう。今のところ、これが私の座禅修行のようになっている。特に体調は悪いわけではないし、薬が必要な体でもない。できれば、死ぬまでこれを維持したいが、それには養生することだろう。食べ過ぎや、甘いものをやり過ぎることを戒めよう。追い出し机では、こっそりおやつも食べられないので、いいかもしれない。
ツレと飲みに行ったが、今時の居酒屋でタブレットで注文するシステムだった。それなりにわかりやすいが、儲かるか儲からないかという意味ではどうか。タブレットでは、店のイチオシも宣伝できないだろうに。日曜日で暇なのか、テーブル席に座れた。若者が大騒ぎしていたが、それは奥にそういう席が用意してある。空間的にも考えられていた。ただ、料理は美味しいとは思わなかった。ちょっとしつこい。
私としては、この休みの間に勉強もしてと考えていたのだが、お袋の調子が良くない。倒れるという感じではないが、死を口にしたり、とにかく暗い。睡眠がうまくとれていないとか、胃の調子が悪いとかいろんな理由はあるのだろうが。私は、ガラにもなく片付けや、掃除を率先的にやった。
タイの友人と連絡もとれた。なかなか厳しい状況だったようだ。私としては、何とか力を合わせて大きな仕事をやりたいと本気で思っている。まずは連絡がとれたので、これからゆるりとやりとりをしようと思う。
もう一軒、年末に一度飲んだ人と、また会えそうだ。特に仕事につながるような話では無いものの、近くで働いている者同士、情報交換といった感じだ。もちろん、楽しみにしている。この私が、サラリーマンのように仕事帰りに飲みに行ったりするのがおかしい。家に着くのが9時という健全な飲み会だ。
ちょっと気になっているというか、重くのしかかっているのは原発事故だ。東電がまた電源が停止したと騒いでいる。どこまでが真実の情報なのかわからないのだ。実は、帰りに東電の知り合いから電話をもらった。仕事のことではなく飲み会のことでだ。今日やるということなので私は行けないことを伝えた。最も余裕のあるやつだったが、声は暗く、余計なことは一言もしゃべらないといった感じだった。私もつらいので、できれば会いたくないと思っていた。彼を憎んでいるわけではないが、最終的には、反目する間柄にならざるを得ないのだろうから。
帰る直前から鼻の調子が激しく悪い。それだけ東京でも岡山でも花粉等が飛び回っているということなのだろう。帰った日が特に激しく何度発作が出たことか。今日はマシだが、発作が無いということではない。免疫の能力が下がっているということなのか。クシャミは、自己免疫疾患だと思うのだが。
今週末から悲喜こもごもといったところ。うれしいのは龍雲の歌会、同窓会が週末には控えている。金曜日から仕事復活だが、なんと天敵と同じ部屋での仕事なのだ。私は話を聞いた時、いよいよ最後の追い出しにかかったなと思った。私は5月で仕事を終える、リストラおじさんだからだ。私の方が立場は圧倒的に弱い。監視されながらの仕事を2ヶ月もやれというのか。( ̄◇ ̄;)
ここに来ても希望に満ちた話は特に無い。この金曜日は大いに原発反対の声を張り上げよう。今のところ、これが私の座禅修行のようになっている。特に体調は悪いわけではないし、薬が必要な体でもない。できれば、死ぬまでこれを維持したいが、それには養生することだろう。食べ過ぎや、甘いものをやり過ぎることを戒めよう。追い出し机では、こっそりおやつも食べられないので、いいかもしれない。