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知りうる限りの情報をとにかく書く
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知り合いに、どんな端末がベストかと去年聞いたが、「スマホでも重い。」ということだった。しかし、スマホではバッテリーが持たないので事実上、選択できない。非常時の通話用に残しておかなければならないからだ。したがって、もう一つ何か持たなければどうにもならない。情報を得るために。

同じような大きさのものとなるが、これはある程度そうなると思っている。7インチのNexus 7をここで初めて使用したが、タッチパネルがもう少しお利口さんならば使えると思った。やはり、10インチに比べて軽いし、老眼を外して見る距離感がいい。(^_^;)

通信料金が安くなれば、通信機能付きの7インチ程度の高性能タブレットを持つのが、普通になるかもしれない。パソコンとは違う、情報を得るための端末だ。これからは気象情報やら地図情報は必須になるので私はますます必要になると思うが、それほどでもないようだ。

そして、この端末は情報が無ければただの箱にすぎない。マスコミの情報はあてにならないのですべてカットする。ツイッターもいいが、何か信頼できる確かなものが欲しい時にはどうするか。私としてはそれをこれからでもコツコツと作りたいと思っている。

ちゃんと儲けを出しながらやるのは非常に難しいが、これまでの実績ではトントンだと聞いた。主に電子辞書のデータを作っていた。トントンくらいで、精度の高いデジタルデータをどんどん作るのが使命だと思っていたし、実力もあると自負していた。そこが甘かった。会社組織なので人はどんどん変わる。いつまでも同じ考えではないのだった。

この国に必要な情報という意味では誰が作ろうと同じだと思うが、一部には適当でいいという考えもあるかもしれない。しかし、それをずっとやってきたので、ちゃんとした議論ができない世の中になったのではないか。議論をするにも「何でか?」という情報が必要なのだが、その情報すらないので誰かが決める。それも適当だ。これでは判断を誤るのも当然だろう。

私の夢に「科学の樹」構想がある。まだ、あきらめたわけではないので過去形でなくともいいだろう。しかし、自国の情報すら満足にまとめ切れないのに、海外のものまで手にするなどおこがましいかもしれない。近代科学を学ぶ上で、もう少し海外の有名な科学者だけでもいいのでもっと深く学びたいのだが、その情報すら無いのだ。

そして、この国でいつも使われるのは「道徳」としての生涯を扱うこと。科学者なので肝心の理論というか、理論的な考察を後から学ぶのが本質だが、学校も行っていないのに、ものすごい研究をやったということが「エライ」と学ぶだけだ。これでは、我が国に研究者は生まれない。これはファラデーのことを言っている。

私が受験で悩んだのは、化学の分野が意外に多かった。とにかくわけのわからない数式やら計算があるので理論で何とか突破しようと思ったわけだ。ドルトンやらラボアジエ、アボガドロとかがよく出てくるのだが、彼らの理論的な考察などとんと学ぶことは無かった。どうでもいいと言わんばかりだった。

それをずっと思っていて、将来コンピュータが触れるようになったら、国費を使わせて、海外の文献を邦訳して国内でも誰でもが勉強できるようにしたいなどと考えていた。まずは出版社をと思い、順調にスタートしたが、これからというところでお払い箱になった。これは、出版社の経済状況というよりも判断ミスと思っている。

しかし、もたらした損失は莫大で、デジタル化すべきものがほとんど手つかずのまま残されることになった。売り方は難しいが、それでもデジタル化してひたすら売り方の研究をするべきだった。電子書籍のようなものをいくら出しても売れないだろう。ユーザーの側になれば、管理が困るという難点がある。紙の書庫のように探せるわけではないからだ。

それよりも、大きなものを小さく、探しやすく、小さなものはちょっとしたしかけで探せるようにすべきなのだ。1ユーザーとしてそう思う。電子書籍専用端末は数ヶ月単位でゼロ稼働、すなわち使っていなかったりする。だから、アマゾンキンドルは本当か?と思えてしまう。実用としても役に立っていないのであまり使う気にもなれないわけだ。

私は仕事柄、たくさんのアプリを入れ込んでいるが、たぶん数十万単位ではないかと思う。それでも満足ではない。医療の情報やら政治の情報やら世界情勢やら、あるいはもっと身近のもめごとの情報やらがそれらをもってしても解決できないからだ。ネットで代替できるものもあるが、医学情報などは少しためらわれる。事実を知りたい時にも、辞書的に引いて確認できるものが欲しい。

問題はアプリなのか売れないという現実なのか。タブレットがそれほど広まっていないという現実もあるし、現実にアプリなど買わないという声もよく聞く。それ故に、作らないという会社が多いらしいのだが、真相はわからない。アプリを使った限りでは、そこそこのものもあるし、ボロイものもある。確かに、すばらしいというものはなかなか無い。

私に言わせれば辞書としての要件を満たしていないものもけっこうある。辞書なのに、全文検索ができないのだ。この機能無くしてデジタルと言って欲しくないくらい重要な機能なのだが、当たり前のように付けていない辞書や事典も多い。

私のお気に入りのAndroidタブレットは、Nexus10だが辞書はほとんど無い。iPadと二重の投資もためらわれた。いくら仕事をしていても惜しいと思えた。現実にアプリもボロイものが多い。やはり、アップルに比べると辞書類は弱いわけだ。それ故に、Android端末は魅力が弱い。あの、神アプリがあるから救われているだけのこと。しかし、辞書類がきちんとそろっていて使えるなら欲しいと思う。誰も手を出さない分野だ。

どうもやりたいという思いが空回りする日々が続く。私を失望させた出版社の人間のことはもう忘れよう。彼らには情報を理解する能力すら無いと思うべきだろう。それよりも、やりたいことをやれたとして、どう見せるか、どう展開するかを考えよう。大きいものを小さく、細かくバラバラのものを探しやすく、が基本。そして、それらを扱うのは高性能のタブレットであるべきだ。
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仕事中は土日が苦手だった。平日もそれほど忙しいわけではなかったが、とにかく人と接することで疲れることが多かった。だから、土日は休みたいと思うのだが本当にゴロゴロすると今度は夜が眠れないわけだ。

それを何と今体験している。今日はたまたま体調が悪かったのでゆっくりしていたのが悪かったようだ。あまり食べていないので腹が空いたというのも手伝い、余計に眠れない。こういう時はつらいが、片付けが仕事なんで悩むこともないか。

先週は、ある提案をしてみた。私としては本気だったが、それが伝わったかどうか。伝わったとして、やる気があるかどうか。デジタルの仕事なのでなかなか探すと人材はいない。提案したこと以外でもあるのだが、それは会ってから話したいと思った。

私が東京に来た頃と違い、今やどの会社も会うことすらためらうようだ。そして、儲かる話にしか乗って来ない。私が儲ける話をもたらすわけではないのだが、それは利用の仕方によるだろう。ネットで情報をサービスして仕事を広げたいと思うなら利用するだろう。

私がこの国に必要だと思うのは意味のある情報だ。だが、ネットでそれは得られるのか。これまで私が提案したきたことは、ネットでタダで得られるからという理由で退けられてきた。本当にそうだろうか。核心に迫る情報はお金を出さないと手に入らない。

アプリでの展開はもっと悲惨で、儲からないというだけでやる気を出さない。売れないものは作らない方針だという。デジタルを推進すると言いながら、やる気は無いのだ。確かに売り方は難しい。紙でやってきたようなことをデジタルで生かす、これをひたすら研究して行くしかない。どうも、儲かっていることがあればそれに乗っかればいいという発想のようだった。これでは実力は身につかない。

今は、これまでの経験をいかに生かすのか、そういう段階だったわけだ。ただ、念願かなって作ったとして満足できるのかというとそうではない。やはり限界を突破しなければ、おもしろくないわけだ。どんな情報にも言えることだが、スポンサーに配慮しながらではいいものはできないのだ。

最初は出版社からの情報を買い、やがてはこの国の図書館を狙うようになれば大きい。自分たちが図書館を目指すという意味だ。そうなると私の夢は広がる。もともと情報を伝えたいという要求があって今の仕事につながったわけだ。ちょっとこの1年あまり停滞してはいるが、本来の仕事に戻るわけだ。仲間もいるし、協力者もいる。私には場が無かっただけのこと。

仮装サーバを作り、さらに多くの協力者も期待できる。昔と違い、現在ではネットでたいそうなこともできるのだ。



私は実のところ、東京を出るのではなくケツの毛まで抜かれて追い立てられるようにして出るだけのことだ。しかし、故郷に帰って思うのは、もしかするとこれは運命なのではないかということ。私がこちらで生活した方がいいという条件がそろいつつあるからだ。せっかくなのだから、仕事も用意して欲しいところだが、それは無い。もっとも深刻な悩みになると思うが仕方のないことだ。

私の肉体は、まだそれほど痛んでいないとは思うものの実際にはわからない。こういうことも田舎に住んだ方がいいということを示している。これが運命だとは言わないが、年齢的にもガタが来だすお年頃だ。これまでのことがまるで予定通りであるかのようだ。( ̄◇ ̄;)

現実の私は少しも予定など作っていない。仕事があるので東京へ行き、無いから出るだけのことだと考えていた。しかし、それにしてはタイミングが合いすぎる。私の親友ともそろそろお年頃の付き合いをしたいものだと思っていた。クラスメートたちともだ。

今日、先方から連絡があり最後のお仕事の質問を受けた。すぐに解決したのだが、私がいたからこそだ。会社人間では責任をとらないでいい仕事しかできない。そんな仕事がいい結果を生むとは思わないが、先方はむしろ学歴のある人間の方を信用するとくるので今の苦境がある。いくら、実力で示しても認めないのだから、やがては仕事も無くなる。

今の事態は、結局は、そういうことだったように思う。実力の無い、凸版印刷の人間をしきりにほめていたのを思い出す。だが、連中の手を借りていては仕事は進まなかった。今のような市場は形成できなかったはずだ。そういうことがわからない連中なので、これ以上は付き合えないのだった。
世間では今日も忙しく仕事をやっていることだろうが、私は暇だ。今日から早々と彼岸休みに入っている。しかし、岡山では既に夜中は寒く一睡もできなかった。えらい急激な気温の変化だ。ただ、昼間はまだまだ暑い。この温度差に年々耐えられなくなり、弱って行くのかもしれない。

寝ていないこともあり、今日は判断もあやふや。すべてを悪い方向に考えてしまいそうな、そんな感じ。実家でも住み慣れた環境でないと睡眠のリズムが壊れてしまうらしい。確かに運動していないとおかしくなるのは当然だろう。

心配事はたくさんある。自分のこともあるし、社会のこともある。自分の問題を解決する過程で社会の問題も解決できれば、ベストだ。自分の問題だけ解決というのも良さそうだが、つまらないだろう。人間、生きているだけではどうもつまらない。いろんな衝突、難問があり、解決できてこその生涯だ。

お気楽に生きてきた私は、今、初めての試練を迎えようとしている。今度は、ある程度の実力を持った上でのピンチなので、何とかできないのはすべて自分のせいとなる。以前なら、実力も無いし仕方の無いこととされていたかもしれない。

勉強のために資料もあるし、手段もある。やらなければ全部私がなまけたことになる。急ぎたいと思う。しかし、どうも意欲が充実しないことが多い。実はそのことに一番悩んでいる。帰ってからが本当の勝負だと思う。やる気があるならば、1週間でできることだ。

これまでも、どんな時にもあきらめることはなかった私だった。ピンチこそチャンスであることを自覚して生きてきた。空元気でもいいので、ガンバレと自分に声をかけたい。
必死だった事、ギリギリだった事、それを言い訳にしようとしているわけではない。事実をそのまま書いているだけのことでメモのようなもの。そのことと、会社の切り盛りがうまくできなかった事とは明らかに異なる評価があると思う。個人としてはがんばったが、経営者としては大失敗だった。

部屋を片付けていると、いろいろがんばっていたと思えるものが出てくるのでつい、書きたくなるわけだ。もちろん、がんばろうと思って無駄なものをたくさん買い込んでいるという意味だ。がんばればそれだけ収入も安定するのだからと、買い込んだと思われる。おもちゃもたくさんある。あまり価値あるものは無い。

昨日書いたように、絶望の中から何か希望を見つけるようにしている。今はやる気が一番の宝なので、やる気を失わないよう心を砕いている。昔のようにポンポン買えないのが痛いが、仕方のないことだろう。
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