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いくらiPadが見やすいといってもこれで大部な本を読み上げたりしないし、できない。しかし、改めて紙の本を見たり、ゴツイ辞典などを引いてみるとデジタルの威力がわかる。
例えば、難しい歴史書。そうでなくともイライラするが、文庫大の歴史書など読むと気分が滅入る。難しい上に、読みにくい。字間が詰まっていたり小さかったりするからだ。デジタルなら文字の大きさも変えられるし、縦横の変換もできたりする。私の場合は、辞書をちょっと引いて見る程度なのだが、かなり読みやすいと感じる。これが、他では読めない全集だったりすると時間を決めて読むのではないかと思う。
まともな辞典、いい辞典が無いと感じる。タブレット端末で使えるアプリという意味で。また、読み物も無い。一時期、スティーブの本が出たが、これとてそんなに全て読むほどの内容ではなかった。もっと、全部読むのが当たり前くらいの本が欲しい。私はタブレット端末向けのアプリを作るしかないと思っている。残る時間をそういうことに使いたいのだが。
例えば、難しい歴史書。そうでなくともイライラするが、文庫大の歴史書など読むと気分が滅入る。難しい上に、読みにくい。字間が詰まっていたり小さかったりするからだ。デジタルなら文字の大きさも変えられるし、縦横の変換もできたりする。私の場合は、辞書をちょっと引いて見る程度なのだが、かなり読みやすいと感じる。これが、他では読めない全集だったりすると時間を決めて読むのではないかと思う。
まともな辞典、いい辞典が無いと感じる。タブレット端末で使えるアプリという意味で。また、読み物も無い。一時期、スティーブの本が出たが、これとてそんなに全て読むほどの内容ではなかった。もっと、全部読むのが当たり前くらいの本が欲しい。私はタブレット端末向けのアプリを作るしかないと思っている。残る時間をそういうことに使いたいのだが。
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何を思ったか、歴史の勉強などをしている。やったことがある人ならわかると思うが、広がってしまい、終わりがない。どこまでも疑問は広がり、きりがない。終わるとしたら、時間が無い、資料が今は無いことが多い。
今は、やはり幕末関係だ。龍馬のあたりが弱いので興味を持った時にやっておこうと考えたわけだ。暗殺にこだわっているわけではないのだが、西郷あたりが怪しいと思い出した。記録が無いというのが、それを思わせる。薩摩と言ってもいいのかもしれない。
我が国の歴史はずっとそうなのだが、理想は殺される。残るのは暗愚のみだ。その結果、国家も終わる。その繰り返しだが、今度ばかりは何とかしないと、という思いは強い。放射能だからだ。私たちの世代にとどまらない。これは、どうあっても止めたい。あまりに無責任と思える。
また、まとめたいと思うが、古書で購入した歴史書が役に立った。古いものなんで更新された情報もあるかもしれないが、そこは歴史、間違っていたことも含めて何かの役に立つ。いろんな立場からの歴史観というのがうれしい。龍馬の暗殺でも、いろんな考えがあるわけだ。
ひとしきり歴史をやると今度はプログラミングをやりたくなる。昔からそうだった。だから、仕事がうまく回っている時は、このやり方をうまく利用していた。今のようだと、何のために、ということになるので苦しい。( ̄◇ ̄;) まったく、無意味ということはないとは思うが。
ほんのわずかな期間の歴史を追っているだけのことだが、見通しのいいのがうれしい。今のことも見えて来るような、そんな気持ちになる。あくまでも、こうではないのかという案が浮かぶというだけのことだが。ある考えが浮かぶというのは大きい。
今は、やはり幕末関係だ。龍馬のあたりが弱いので興味を持った時にやっておこうと考えたわけだ。暗殺にこだわっているわけではないのだが、西郷あたりが怪しいと思い出した。記録が無いというのが、それを思わせる。薩摩と言ってもいいのかもしれない。
我が国の歴史はずっとそうなのだが、理想は殺される。残るのは暗愚のみだ。その結果、国家も終わる。その繰り返しだが、今度ばかりは何とかしないと、という思いは強い。放射能だからだ。私たちの世代にとどまらない。これは、どうあっても止めたい。あまりに無責任と思える。
また、まとめたいと思うが、古書で購入した歴史書が役に立った。古いものなんで更新された情報もあるかもしれないが、そこは歴史、間違っていたことも含めて何かの役に立つ。いろんな立場からの歴史観というのがうれしい。龍馬の暗殺でも、いろんな考えがあるわけだ。
ひとしきり歴史をやると今度はプログラミングをやりたくなる。昔からそうだった。だから、仕事がうまく回っている時は、このやり方をうまく利用していた。今のようだと、何のために、ということになるので苦しい。( ̄◇ ̄;) まったく、無意味ということはないとは思うが。
ほんのわずかな期間の歴史を追っているだけのことだが、見通しのいいのがうれしい。今のことも見えて来るような、そんな気持ちになる。あくまでも、こうではないのかという案が浮かぶというだけのことだが。ある考えが浮かぶというのは大きい。
今、死神くんというドラマをやっているが、私も昨年末、死神の役割をしたようで凹んでいる。今年になり、相次いで亡くなったのだ。本人にとっては珍しい客人が来れば、自分も危ないと当然思うだろう。それはわかっていても、会っておきたかった。
私も若かりし頃のように、死と無縁であるわけではない。311被曝もあるし、日々の内部被曝もある。事故もあるし、病気もある。今のように悩んで逝く場合も無いとはいえない。なかなか厳しい時代を生きているわけだ。
いや、私のことなど、どうでもいい。私が頑張ることで救いたい人がいる。救える人たちがいる。だから、私に仕事をもたらすというチャンスが欲しい。いつも思っているが、なかなかチャンスもいい話も無い。(; ̄ェ ̄)
私が日々、ほとんどの時間を費やしているのは、快適に過ごすにはどうすればいいのかという研究だ。勉強にしろ、知識にしろ、コンピュータにしてもだ。いつも、何がいいのかを実践で探そうとしている。それ故に、私の提案は架空ではない、事実なのだ。情報が欲しいと思って提案しているわけだ。そして、私がやらなくともいい、とまで言っている。
来週は、休みに入る前の最後の一週間。がんばろうと思う。もちろん、仕事だ。決して死神になろうというのではない。私は死ぬまで努力を続けるし、他人を応援し続ける。
私も若かりし頃のように、死と無縁であるわけではない。311被曝もあるし、日々の内部被曝もある。事故もあるし、病気もある。今のように悩んで逝く場合も無いとはいえない。なかなか厳しい時代を生きているわけだ。
いや、私のことなど、どうでもいい。私が頑張ることで救いたい人がいる。救える人たちがいる。だから、私に仕事をもたらすというチャンスが欲しい。いつも思っているが、なかなかチャンスもいい話も無い。(; ̄ェ ̄)
私が日々、ほとんどの時間を費やしているのは、快適に過ごすにはどうすればいいのかという研究だ。勉強にしろ、知識にしろ、コンピュータにしてもだ。いつも、何がいいのかを実践で探そうとしている。それ故に、私の提案は架空ではない、事実なのだ。情報が欲しいと思って提案しているわけだ。そして、私がやらなくともいい、とまで言っている。
来週は、休みに入る前の最後の一週間。がんばろうと思う。もちろん、仕事だ。決して死神になろうというのではない。私は死ぬまで努力を続けるし、他人を応援し続ける。
私は権威を否定しつつ、有名な、お固い出版社のものを好む。したがって、そういう本は難解なものが多く、身に付きにくい。私の勉強がどうも進まないのはこういうこともあったのではないか。そんなことを考えつつ、本を読んでいる。歴史だと、読みやすくとも真実に近づけないものだと意味が無い。結局、難しいものも読まなければどうしようもないのが歴史なのだ。
ただ、今は心地よいので読める本を読んで行き、今よりも幅を広げようかと思っている。検証を忘れると大変なので、どこかで難解なものもスラスラ読めるようにならなければならないだろう。私たちが作った事典などは役立つが、こちらも難解だ。読むのにやさしいのは、私が批判した作家の書いた文章だ。小説でなければちゃっかり利用させてもらっていいのではと思っている。やがて答えは出るだろう。
それにしても、文章のわかりやすさ、具体的なことは重要だと思える。あることについて書くにしても、そのものの写真を挿入してくれていたりするとズバリわかる。こういう構成の本がいいのは当然だが、デジタルにしても同じ事。具体的であれば、すなわちわかりやすい。私の目指すデジタル化というのもわかりやすいもの以外にありえない。
まだまだ十分ではないと思うので、辞書類、事典類をやりたいという思いは強い。大きな全集、小さなシリーズものもやりたい。値段は、中古の値段を参考にすればわかりやすい。6万するものが、5.5万になったからといって買えないだろう。6千円でも厳しい。せいぜい、2千円だろう。まずは広めなければ意味がないのでそこを考えたい。
それは、アプリという意味だが、もっと別の展開も必要で、それには無料で閲覧ということもあり得る。つまり、金を出しても「欲しい」という状況に持って行き、それに見合うものであろうとするわけだ。ちゃんとしたデータベースでなければお金はとれないし、その後も更新するものでなければ納得してもらえないだろう。
私が危惧しているのは、私のような存在を無視して印刷会社が印刷用データを流用してつまらないものを作ることだ。現に、それが存在して出版側もそれでよしとしているようなのだ。一番損するのはユーザーだろう。それで、極めて安価ならばわかるが、目が飛び出るくらいの値段でありながらつまらないし、今後のサポートも無さそうなのだ。
やったらやりっぱなし、というのが出版社の流儀のようなのだが、ここは、改めなければデジタルが評価されることは永遠に無いだろう。
ただ、今は心地よいので読める本を読んで行き、今よりも幅を広げようかと思っている。検証を忘れると大変なので、どこかで難解なものもスラスラ読めるようにならなければならないだろう。私たちが作った事典などは役立つが、こちらも難解だ。読むのにやさしいのは、私が批判した作家の書いた文章だ。小説でなければちゃっかり利用させてもらっていいのではと思っている。やがて答えは出るだろう。
それにしても、文章のわかりやすさ、具体的なことは重要だと思える。あることについて書くにしても、そのものの写真を挿入してくれていたりするとズバリわかる。こういう構成の本がいいのは当然だが、デジタルにしても同じ事。具体的であれば、すなわちわかりやすい。私の目指すデジタル化というのもわかりやすいもの以外にありえない。
まだまだ十分ではないと思うので、辞書類、事典類をやりたいという思いは強い。大きな全集、小さなシリーズものもやりたい。値段は、中古の値段を参考にすればわかりやすい。6万するものが、5.5万になったからといって買えないだろう。6千円でも厳しい。せいぜい、2千円だろう。まずは広めなければ意味がないのでそこを考えたい。
それは、アプリという意味だが、もっと別の展開も必要で、それには無料で閲覧ということもあり得る。つまり、金を出しても「欲しい」という状況に持って行き、それに見合うものであろうとするわけだ。ちゃんとしたデータベースでなければお金はとれないし、その後も更新するものでなければ納得してもらえないだろう。
私が危惧しているのは、私のような存在を無視して印刷会社が印刷用データを流用してつまらないものを作ることだ。現に、それが存在して出版側もそれでよしとしているようなのだ。一番損するのはユーザーだろう。それで、極めて安価ならばわかるが、目が飛び出るくらいの値段でありながらつまらないし、今後のサポートも無さそうなのだ。
やったらやりっぱなし、というのが出版社の流儀のようなのだが、ここは、改めなければデジタルが評価されることは永遠に無いだろう。
昨日読んだ歴史書のせいで頭が歴史方面に向いている。例の秀吉の朝鮮侵略の話だ。ちょっとした歴史書には少しだけ詳しく書いてはあるのだが、結局のところ何があったのかよくわからない、という風になっていると思う。私の目からは、晩年の秀吉は狂ったのだと思っていた。しかし、秀吉の理念なき治世というのが、朝鮮侵略であらわになったということらしい。我が国の武将が朝鮮軍に投降した場合、相手からは「降倭」と呼ばれたらしい。この降倭からサヤカと呼ばれた武将が大活躍して秀吉の侵略を食い止めたのだという。
自国の狂った支配者に全てを捨てて歯向かう姿が私の心をとらえた。鉄砲の技術をも伝えたので侵略は止まったという。秀吉は、そこまで嫌われていたようだ。ただ、安土桃山時代にこういう人がいたにだが、先の戦争ではいなかったのかと思えた。東南アジアでゲリラになるとかはなかったのか。
そして、今、私たちが問われている。同胞のみならず太平洋沿岸諸国、あるいは北半球に住む住民すべてに影響を与えかねない放射能汚染を続ける支配者を支持したことになっているのだ。倒せないということは支持していることになる。先の戦争時は生まれていなかったが、今度は目の前で起こっている現実だ。どんな手を使ってでも止めなければならないのではないか。そんなあせりを感じていながら、何もできないでいる。
私が東京でいろいろ提案していたのも、デジタル化することで後の人がデータを利用しやすくなることが約束されているからだった。それを、私の会社の都合でそんなことを言われても厳しいなどと言っていた、担当の若造。そもそもデジタル部門の担当者にはなれないほど、知識が無かった。会社はどういう理由で任命したのかわからない。私が話したのはナンバー2だが、トップは、もっと無知だった。先のことなどどうでもいいと言わんばかりの珍人事と言えよう。
そして、私は何らかの反撃に出られるのか。どこか、東京の会社が私を必要としてくれれば、月に何日か出かけて、先進的なデジタル化作戦を展開するつもりなのだが、私の説明が悪いのと先方も無知なのとでどうにもならない状態が続いている。一度、断られた相手にでももう一度声をかけてみることも必要かもしれない。私自身もこれまでの仕事続けられるべく準備をしたり、とりあえずの仕事を探したりもしているが、確実なものは何もない。
ただ、理念だけは持つようにしたい。自分は何でデジタル化しようとするのか。確かに会社を立て直すという目標はあるのだが、それは目的ではなかろう。そんなことで誰も動いてくれない。やはり、おもしろいと思うから動くわけだ。そして、結果を見るのが楽しみであったりする。知識を増やすことは、単に「良かった」では終わらない面がある。さらに意欲が増すものだ。私がデジタルの仕事を続けることでいろんな人を喜ばせ、笑わせたいと思う。
自国の狂った支配者に全てを捨てて歯向かう姿が私の心をとらえた。鉄砲の技術をも伝えたので侵略は止まったという。秀吉は、そこまで嫌われていたようだ。ただ、安土桃山時代にこういう人がいたにだが、先の戦争ではいなかったのかと思えた。東南アジアでゲリラになるとかはなかったのか。
そして、今、私たちが問われている。同胞のみならず太平洋沿岸諸国、あるいは北半球に住む住民すべてに影響を与えかねない放射能汚染を続ける支配者を支持したことになっているのだ。倒せないということは支持していることになる。先の戦争時は生まれていなかったが、今度は目の前で起こっている現実だ。どんな手を使ってでも止めなければならないのではないか。そんなあせりを感じていながら、何もできないでいる。
私が東京でいろいろ提案していたのも、デジタル化することで後の人がデータを利用しやすくなることが約束されているからだった。それを、私の会社の都合でそんなことを言われても厳しいなどと言っていた、担当の若造。そもそもデジタル部門の担当者にはなれないほど、知識が無かった。会社はどういう理由で任命したのかわからない。私が話したのはナンバー2だが、トップは、もっと無知だった。先のことなどどうでもいいと言わんばかりの珍人事と言えよう。
そして、私は何らかの反撃に出られるのか。どこか、東京の会社が私を必要としてくれれば、月に何日か出かけて、先進的なデジタル化作戦を展開するつもりなのだが、私の説明が悪いのと先方も無知なのとでどうにもならない状態が続いている。一度、断られた相手にでももう一度声をかけてみることも必要かもしれない。私自身もこれまでの仕事続けられるべく準備をしたり、とりあえずの仕事を探したりもしているが、確実なものは何もない。
ただ、理念だけは持つようにしたい。自分は何でデジタル化しようとするのか。確かに会社を立て直すという目標はあるのだが、それは目的ではなかろう。そんなことで誰も動いてくれない。やはり、おもしろいと思うから動くわけだ。そして、結果を見るのが楽しみであったりする。知識を増やすことは、単に「良かった」では終わらない面がある。さらに意欲が増すものだ。私がデジタルの仕事を続けることでいろんな人を喜ばせ、笑わせたいと思う。