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忙しくしていた頃は才能とか考えてもなかったが、こうやって暇になるとつくづく思う。モーツァルトのような天才的な才能の持ち主でも晩年は仕事に恵まれず苦しんだ。私程度では当然という意味だ。コンピュータにしてもプログラミングにしても、まだまだだろう。まだ、勉強もし、プログラミングも続けるつもりであることは、ぜひ買って欲しいポイントではあるが。

私の弱みはオリジナルが無い点か。今後、通信とかあるいは、今のところ考えもしなかった分野でプログラミングするなどすれば別だが。これから発明というのも無いとは限らないが。(; ̄ェ ̄)

想像力が無いので、小説とかは無理だ。それでも20代の頃、革命小説を連載すると宣言していたことがあった。何かをきっかっけに一挙に興味が失せて断念せざる得なくなった。恐らく、歴史書なんかをかじって高揚した気分の時に思いついたんだろう。当時は生協にアルバイトに行っていて、いろいろと気が散ることがあって、やめになったのだろう。書いたとしても、あまりに生硬な文章だろうから今の私からみても価値の無いものだったかもしれない。

いちおう、事業目的には、映像コンテンツの製作もうたっているが、良し悪しを言えても、作るまではできなかったかもしれない。啓蒙的なものを作りたいというのは、映像もデータも同じだ。データは勉強しているわけではないので、あくまでもいかに見せるのかという分野で関われるのかどうかということ。

後、歴史書を駆使して、わかる読み物を作りたいという色気はあるのだが、これは出版社がその気になり、著作権などが解決したらという条件付きだ。私が読んでみていいと思うものは、ドンドンやりたいところだが、今の所、決断のできる人間に意見は届いていない。周りも本人も、判断するには、あまりにもデジタルのことを知らなさすぎる。楽しむことすら、あまりやったことが無いのだろう。
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実は、今のように抗議行動やらデモをしなければ生きて行けないような生活は私が望んだものだった。18年前に東京で生活を始めた頃、安定しきった世の中が嫌だったのだ。取り引き先の人間は、そういう私の願望は、つまらんと言っていたのがなつかしい。東京で何があったのかを見て来たからだろうなと思った。

彼には、直接ではないが帰る前にメールを転送してくれるよう会社宛にメールをしたのだが、返事は無かった。見ていないのか、興味が無かったのか。彼の会社もそんなに右肩上がりではないのではと思った。昔の世代なので、やる気はある人だから虫のいい私からのメールでも一応受け取ったら、遊びに来るかとでも返事が来るかと思ったのだが、甘かった。(; ̄ェ ̄)

311は私も彼も大きく運命を変えられたのかもしれない。東京で商売といっても。今後ますます厳しくなるはずだ。年寄りだから放射能は関係無いと言い切っても、調子が悪いと思う日はあるだろうし、周りが離れて行くのを今後は目の当たりにするのではないか。それでも商売は商売と言い続けられるだろうか。

まともに考えれば、東京は離れるべき土地だ。いくら財産を投入していたとしても。金があるならば、比較的に安全な場所に新社屋を建ててやり直すのが良かっただろうと思う。私がお世話になった会社は、まるで真逆の方針なので本当に心配している。しかも、デジタル化の時代にそれをやる人間も放出してしまった。もちろん、私たちでなくともやれるが、いいものはできないだろうと言っている。これでも、ちゃんとした仕事をするという意味では評価されていた。

作ったものが売れないということは、当初から聞いていた。上記の彼は、営業が本気でやっていないからだと言い、営業の人間ともめているのを見たことがある。デジタルものは、最初から売れていなかったわけだ。営業と製作が分離しているのは、当然かもしれないが新しい時代にはついていけなかったのではないのか。私を追放した責任者に聞いたが、もう辞めたいと部下がもらしたこともあるという。私が聞いたのは何とメーカーとトラブルを起こしたこともあるという。

わかろうとしていないというか、出版社の労務管理として、デジタルに詳しくなっても評価はされないし、売れてもいないのでシンドイだけというのがあったのではないか。私たち現場も、忙しいだけで苦しく、もっと上の立場からの助言が出来なかったのだった。

出版社としては、私たち、わかる人間をも呼んで大きく改革をやるべきだったが、そうなる前にやる気のある世代が定年を迎えたというのが私の見方だったが、真相はどうだったのだろうか。いい加減というのが私の出版社への評価だ。誤字脱字も指摘されるまで直さないという姿勢。確かにデジタルをやって行こうとうする人間と合わない感じだ。デジタルは誤魔化せないから。

逆にそこをちゃんとやれば、勝てる可能性も出て来る。やってみないことにはわからないが。私は、そういう組織と付き合いたいと思っている。東京でもどこへでも出張してもいいとさえ思う。商売以上の価値があると思う。
抗議行動あたりからツイキャスを見るようになった。昨年は、自分でも少しやった。スマホとポータブルWi-Fiがあれば誰でもできる。画像や音声はイマイチだが、とりあえず記録は残せるし、自分が放送局になれる。

今年に入ってからは、弾き語り女子、男子を中心にサポーターになるのを増やした。若い世代の生き様が見られるし、応援したいという気持ちも強い。最近では悪乗りして、好みの女性がいたりすると速攻でサポーターになる。今日出会った女性は本当にパワーのある人で、いろんな人と積極的に関わり、問題を解決して来たんだろうなと思わせるものがあった。パワーにも理由があるわけだ。

私は、勉強もするが昨日、今日と調子が悪く何もできていない。いよいよ切羽詰まってきたので何とかしなければと思うが何もできていないのだ。(; ̄ェ ̄)他人の応援どころではないわけだ。

構想というか、空想は毎日でも練っている。私たちが動ける時代が来ればの話だが、その時には活躍できるが、間に合う保証はどこにも無い。調子が悪いのに、そんな時に限って珍しいエロ動画などを見たりすると落ち着いたり。( ̄◇ ̄;)

構想と言っても従来の延長で、現実には著作権に縛られてがんじがらめだ。簡単にデジタル化できるもんじゃない。一つだけ有望なものもあるが、それとて売れそうなものではない。それでも私にできることは、それをデジタル化したらどういう未来が開けるのか、そんなことばかりだ。

私も意図しないにしても、かつて自分が羽振りの良かった頃、同じく仕事に喘いでいた人の力になってあげたか、というと必ずしもそうではなかったことを反省するというか、思い出さなけれならない。落ちる所まで落ちたわけだから、ここからはい上がる夢や希望を持とう。確かにダメだと思い続けると良くはならない。やっぱりか、と何度でも失望し、そこから立ち上がらなければ。
やみくもにデジタル化を推進しても無駄で、デジタルの良さを何とか伝えたいと思う。私のようにタブレットに惚れこみ、毎日、死ぬほど使っているとわかりそうなものだが、そういう人ばかりではない。大半は、紙の本や紙の辞書で十分足りていて、デジタルものなど、音楽だけで十分なのかもしれない。その音楽も自分でCDからおこしたものなのだろう。自分のもの感が大事なのだと思う。

実は私もそこは同感だ。今のデジタル化では利用権しか与えられていないのだから。他人が利用することができないし、古本として売りに出すこともできないのだ。そこは同じなのだが、仕事にしている以上は、飛び込まなければ知ることができない。それで、うるさくデジタルを言っているに過ぎない。だが、売れないという事実を突きつけられた以上は、そこから始めるしかないのだろうと思う。使い勝手とかの技術的な問題もさることながら、もっと基本のことから始めなければならないわけだ。

使ってもらえれば、確かに使い勝手が次の問題になってくる。辞書なのに全文検索ができないものもあったりする。全文検索があってもボロで遅かったりする。デジタル化と言っても、まだまだこういう段階なのだ。とりあえずわけはわからないが、手を出してみたが売れなかったというのが今なのだ。本当は、その次にこそ本当の浸透がある。それには、あまりにもタイミングが悪かった。世代交代も悪いタイミングだったろう。知識も経験も無く、やる気も無い、しかも景気が悪い。組織には売れるものしか求められていない。そして、反論する気概も無い。恐らく、そこが決定的なのだ。

私の営業は、そこまでを踏まえたモノになるはずだが、現実にはヒステリックなものでしかなかったかもしれない。返事も無いというのもそれに対する答えなのだろうから。まだ私には成功の経験が無い。前と比べて経験もそこそこの実力もあるつもりだが、それでもダメなのが悔しい。

タブレットの今後は、ハード的にもソフト的にも、よりプロっぽくなるようだ。文字データもさらにクッキリはっきり見れるようになり、複数のタスクも起動できるようになる。OSそのものの選択肢も増えるという。だが、このままではそこで使われるコンテンツが無くなる。ニーズとしては、キチンと作られたものが欲しいという声があるのを聞いている。Wikipediaでは、どの立場に立ったものなのか、わかりにくいというのが、その理由だ。

今日もめげずに研究をして、提案して行こう。
これで最後と言いつつ、ずるずると資料を買い求めている。ただ、大きな買い物は本当に今度が最後になるだろう。提案するのに、やはりモノを見ないとできないという理由だ。図書館に行けばいいのだが、なかなかあそこでは妙案も浮かばない。身を削るように、まさにそのようでなければ、いい案も出ないような気がして。もちろん、欲しかっただけというのでもいい。ということは他の人でもそうなる可能性はあるわけだから。気持ちを確認するという意味もある。わざわざ買うというのは。

辞書や事典がデジタル化の基本なので、私もこれに賭ける気持ちは強い。金を払ってまで研究するのも意味はあるのだ。目的がそこなので語学をやったり、勉強するわけではない。どこまで行っても、どう作れば使い勝手のいいデジタル化はできるのかを調べることにある。やはり、現実的に辞書や事典をおもいっくそ使いたいという目的のために、どういうものを作ればいいのかという提案はおもしろい。

紙とデジタルの違いというのは、私もまだ奥義を極めていない。感覚として、こんなのが使ってみて良かったというだけだ。これまでもずっとそうだった。iPadなどがたまたまその要求に結びついたわけだった。時代が早すぎたのか、サッパリ売れず仕事まで消滅したのがつい最近のことだったわけだ。一昔前ならば、漫画でも辞書でもCD-ROMに入れたいという要求があり、世の中的にも合意があった。しかし、スピードを要求されあっという間にインストール方式に。

だが、それでもあの値段では広まるわけもなく、機能的にも果たして使いやすいのかどうかということも問われたかもしれない。そうこうしているうちにタブレット端末が流行り、ここでのアプリがいいということがわかったが、売れないことに変わりはなかった。使い勝手のいいアプリはそれでも数字を出しているのだが、紙に代わるものではないという。私としては、それでもメインはデジタルであり、紙は高級品として存続するのではないかと考えている。

デジタルが売れないのは、その哲学の無さと覚悟の無さだろう。現場に常にいたもの達の意見を聞かなかったり、やりっ放しの慣習、そして目先の利益のみを優先する発想。これにやられて一部の物好きのみが続ける零細産業になったかのようだ。私にはもちろん案もあるし実力も持っているつもりだが、場所が無い。( ̄◇ ̄;)

しかし、ユーザーにダメ出しを食らったことはまじめに受け止めるべきだろう。少ないものでもいいからアンケートを取ることから始めるべきことなのだ。しかし、それにしても見直す時期に私たちがそこにいないというのは痛い。(; ̄ェ ̄)
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