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京都の知り合いから久しぶりに連絡があった。特に変化は無いという。京都も岡山と同じく原発の爆発は無かったかのように動いていることだろう。観光で忙しい所はずっと忙しいだろう。私の生活圏であった左京区はどう変わっているのだろうか。例のパチンコ屋は建てられたのか。気になるが、今はお金の問題と用事の問題で行けそうにもない。

羽振りのいい頃もそうだったが、単に金があるから京都へというわけにも行かない。そういう時には、体調が悪かったりする。実際にそうだった。そうこうしているうちに、今度は金欠病に陥っただけのこと。ベストは、用事があるから行くというものだが、ほとんどの人は仕事による出張だろう。私も当然、それを狙っている。京都に出張は無いのだが、永遠に無いということはないだろう。いろんな出会いもあったのが京都だったのだから。

知り合いには体調は変わらずとは言ったものの、やはり長引くプー太郎生活、いいわけがない。病気こそ無いかもしれないが、精神的にはほとんど病気と言うべきだろう。

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定年を間近に誰も冒険をしたくはない。ましてや責任を問われかねないようなことをするはずがない。私は企業の衰退は、これから始まるものと信じている。これまでは、まだ企業には人を育てようという意識はあったと思う。失敗を通じてでも人を育て、企業も成長するようなイメージがあった。私の実体験にもそれは合致する。しかし、311以降、「もう、がまんならない。」とばかりに、儲からないものはやめ、という発想が主流になった。自分たちに実力があればまだしも、実力すらないのに。

かくして、企業には無能な連中が集まるようになる。利口な人間は沈黙する。無能派と沈黙派が会社の中を占め、肝心の仕事ができなくなる。売り上げも落ち、今度は給料も厳しくなるのではないか。しかし、会社は生き延びるために、沈黙者から不要な人間を探し、いじめて辞めさせる。今後は、もっともっと、そういう傾向が強まるのではないか。鬱病も極限状態まで増えると思う。薬剤業界は未曾有の大繁盛期を迎えるかもしれない。精神科医も。由々しき事態だ。

私が企業の様子を見ていて思うのは、手柄の経済を止めなければならないということだ。自分の実力を評価する人間がいないので、何とか誰にでもわかるような成果、手柄で評価を強調する人間が増えたように思う。今の時代ならば、儲からなくともしっかり、デジタルデータを作り続ける人間が評価されるべきだと思うが、儲けていないため、評価は下がる。これでは会社としても非常に残念な結果になる。任された仕事を誠実に実行している限りは評価されなければ救われない。

だが、難しいと思う。デジタルデータは、今後ピンチを迎えると思う。わからないものだから、やれる人間なら誰でも任し、それ以上は見ないようになる。結果、間違いも放置され、せっかくやったにもかかわらず、使えないものになる可能性が高い。私自身が見て来たことだ。最終的にはどうなるのかというと、やり直しか、やらないかだろう。今後の時代にやらないという選択は難しいと思うのでやるとしてもかなりの赤字を覚悟しなければならない。人もいないので育てなければどうにもならない。結果的には、私がそのままやっていた方がはるかに安くついたということになるだろう。すべては、わからない連中の判断が間違っていたためだ。

彼らもまた、ようやく手にした権力の座だったろう。何とか手柄が欲しいと思ったのだろう。私たちを切って「節約」したことで「成果」としたものの、基本的な知識すら無いのだから、今後どうすることもできない。やろうとしたら、私たちに払っていた額とは桁が違う金を払うことになる。手柄は得られないはずだ。そうそう、甘くはないからだ。私のように儲けは二の次だというようなおめでたい人間はそうそういるもんじゃないだろう。事実によって彼らは無能さを身にしみることになるのだろう。
こちらは、朝から鬱陶しい。そして、私の気分も同じ事。気象に気分が左右されることはわかるが、こうも絵に描いたように左右されるとまいってしまう。相変わらず、仕事探しの日々。いろいろと考えるが、相手はこちらを「戦力」とは見ていない。こちらが、いつ返事があるだろうか、と待っていても相手は最初から除外しているのではないかということ。日頃前向きでなければいけないと説くことと矛盾するが、これは事実のようなので致し方ない。

ラジオで聞いたが、有名企業の方がブラック化しているという。ターゲットが決まれば、徹底的にいじめて、鬱病にして自発的に辞めさせるのだという。私はその現実を見て来ているので本当に苦しい。自身の経験として、追い出し部屋、追い出し机まで経験した。こういうことが本当にあるのかと思い、信じられない気持ちだった。しかし、業績が悪い企業に限ってそういうことをしてくることも事実だった。私を叩き出してうまくやっているのかと思えば、相変わらず低迷しているらしい。能力も無く、今後どうして行くのか本当に心配したくなる。

用事があるので、これから出るかもしれない。大きなお金はもう使えないのだが、ちょこまかといろいろ使うことがあるわけだ。仕事の件だが、それでもしつこく食い下がるということに尽きる。体調が悪いといっても数年前のようなことはない。当時は動く事すら厳しいくらいだったのだから。途中で倒れるかもしれないと思い、常に薬と水を用意して動いていたくらいだ。電車に乗るのにも特急を避けて各駅に乗るようにしていた。

よほど調子が悪かったのか、あの頃のことを思い出すと「音」が無い映像が出て来る。テレビなどでよくある、無音で映像のみを流すような、あんな感じだ。自分でも何が起きているのかわからなかったので、とにかく体を動かすことで何か改善できるのではないかと思っていた。そして、それが水元公園だったわけだ。結局、強引に薬を中断して歩くことで何とか自分のことは解決できた。こういうやり方は、今でもあまり推奨されないようだ。私の場合はコンスタンだけだったので、まだ自力で回復できたのだろうか。

私にとってそれでも幸運だったのは、企業が牙をむく時期と311とが私のピンチと同時ではなかったことか。だから、失敗もあったが、冷静に対応できたと思う。決してうまくできたわけではない。自分が消滅しない程度にできたというだけのこと。問題は、今後だろう。そして、そのことこそ今、悩んでいる。東京の会社とまた仕事を始め、会社を再起動すること。東京と本当の意味でお別れをすること。これが、当面の目標ではある。17年間住んだ街なので、今日から離れるでは気持ちが収まらないわけだ。
仕事で必要なので、という理屈をつけて、この時期またタブレットを購入。Nexus7 Wi-Fiだ。SIMフリーを目指していたが、Nexus7はGPSを持っているようなのでWi-Fiで十分と判断したのだった。というよりも毎月1000円でも無駄な金はとられたくなかったのだ。相当外出するような仕事を持たない限り、通信付きのものは無駄だ。

仕事というのはまるっきりウソではない。本当なのかと言われるとちょっと後ろめたいだけだ。情報を収集するのに必要だったというのが真相だ。それから、マシン自体を調べたかったというのもある。実は、2台目なのだった。初代は、あまりにボロ過ぎて使えないという問題があった。今でも持っているが、液晶パネルのボロさは天下一品だ。

新しいものはどうかというと、少しマシだ。相変わらず反応は悪いがマシなのだ。ラジオが正確に動くというのも評価してしていた。それと、娯楽になるがdビデオがわりにいい音で楽しめる。音がそこそこまともで小さいというのは貴重なのだった。大きくて音がいいのは当たり前だから。

お金に余裕があるわけでもなく、やりくりしての買い物だ。もちろん、カメラのような贅沢品は買えるはずもない。こういうものを買いたいと思いつつ仕事に励むのがいいパターンなのだが。もちろん、仕事を始めることができるならば、カメラとかSIMフリーのiPadとかは、当然のごとく買いに走ることだろう。ほんでもって車も。車は私のためではないので心理的に買いやすい。

まだまだ、タブレットに限らず、仕事に使えそうなマシンは欲しいと思う。仕事が見つかったらと言っていると永遠に見つからない。まずは、見切りでも発車して後からそのつけを払うという感じでやってきた。大きくは外していないのだが、注意してやる必要はあると思う。今日も仕事探しに、営業活動だ。
久々に本屋に出たのでいろいろ見て来た。文庫で中国語の辞典が出ていたので興味を持った。ただのボロなのかどうか確かめたくなった。本当なら、1万くらいする辞書を買い研究すべきなのだが、せこい私としては文庫ものにより興味を持った。読みもしないのだが、荘子の研究本も興味を持った。つまり、未知の文字を研究して分かるように書かれている本に興味を持っているわけだ。

最近は、漫画以外は電子書籍を買わなくなった。紙の本は、長年置いておくと汚くなって臭くなるのだが、それでも何とか読めるという価値がある。電子書籍は、もしかすると読めなくなっているかもしれない。これはさすがに痛いのでやめているのだ。事典や辞書はアプリで出れば買いたいと思うが、もちろん、使えなくなる危険性と隣り合わせだ。本でも辞書でもあと何年生きられるのか、を考えるとどうでもいいように思うが、平均寿命くらいは生きられるとして、という前提での判断だろう。

実際、どこまで生きられるのか、誰にもわからない。311被曝の影響は必ずあるし、これからだってある。それがどこまで寿命に影響するのかはわからない。死ぬ瞬間に理解することだろう。また、わからないからこそがんばろうと思うわけだ。今の気分としては、それでも生きてやるという心境だ。

最近、時折思う事は親友のこと。親友はどうして親友というのかというと、いろいろ話をしなくともお互いの手の内は知り尽くしているということ。人前でしゃべるのははばかられるような変態話もお下劣な話も普通に話せる。昔のことも普通に話せる。お互いの経験も知り尽くしているのだ。そういう親友と私は永遠につき合いたいと思うのだが、考えてみれば高々10年以内で終わるかもしれないし、平均寿命を生きたとしても20年あまりの時間しか無いのだ。

生ある者は必ず死ぬ。私も親友も例外ではない。それを認めたくないのだ。いつまでも昔はああだったこうだったとグダグダ言いつつ楽しくやりたいというのが本音だ。いつも、親友がいなくなったら、生きる気力を失うだろう、などと思うが、それは私の方が長生きするという前提に立っての話だった。311被曝があるので、そうもいかないのではないかと思っている。心配しているのは、「突然」だ。突然の終わりが来るのかもしれないと思って、あせる気持ちが最近あるわけだ。実際、有名人の突然死は多くなっている。無名でも死ぬ時には死ぬ。

実は、昨夜はしんどくてそういう恐怖感があった。日頃の不摂生がたたったのだと思うのだが。どうしても、ブラブラしていると眠れず遅くまで起きている。そして、睡眠不足がけっこうたまるのだ。精神的にまいっているわけではないので眠れずともむしろ平気なので、知らず知らずのうちに睡眠不足になるという原理だ。12時半に寝てもまだ足らない感じだ。仕事で忙しくしていれば、そういうことは考えなくともいいのだが。
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