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IWJで福沢諭吉の特集をやっていたのを見た。諭吉は同時代の人には正当に評価されていたのだが、時代が下るにつれ、支配の文章として利用されたらしい。読めばわかるのだが、引用を見ただけでは騙されるのだろう。スターリンがレーニンを利用したように。

しかし、現実に福沢の全集を読むなど至難の業だ。今なら、お金も時間も必要だ。私の活躍でデジタル化されても、誰も読まないだろう。明治人の文章の語彙についていけない。そして、時間が無いのが普通だ。私にも切実な問題だ。デジタルを仕上げても使われないようでは。

ただ、答えは出ているとも言える。要するに、紙の本で読みづらいものは、デジタル化しても同じことなのだ。検索性は良くなるが、理解しやすくなることはない。私はどうしているのかと言えば、わかりやすい本をいくつでも買うわけだ。どんどんデジタル化することで、そういう本に行き当たる可能性は高くなる。その意味では、数多くのデジタル本が出て検索にひっかかることが理解を助けることは、間違いない。
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正式には12月が、帰還してから1年だが、私の頭ではもう1年という思いだ。お彼岸には毎年帰っていたからだ。その度に、こちらの自然を見るのが楽しみで、庭の草を写したり、ススキが風に揺らぐのを写したりして喜んでいた。それが、今年の正月だったか、吉備津彦神社へ行った時、退屈に思えた。故郷は遠くにあるから懐かしく、愛おしいものなのだが、住んでみると退屈に思えるのだった。(; ̄ェ ̄)

そして、あれから数ヶ月、岡山を飛び跳ねている間に、いかにここが自然の宝庫かを実感した。そして、ここに住んでいる人のほとんどは、その価値に気がついていない。何も変わらないことを願っていると思うが、このままだとそうは行かない。川内の再稼働をきっかけに、島根や伊方が動き出す。瀬戸内海が消滅する日が近付いているのだ。県民がこぞって反対の抗議行動を起こさなければならないくらいだ。いつしか、私の中に芽生えていた退屈という感情は消えた。体をはってまで守らなければならない財産なのだ。

未だ私は生活の立て直しが出来ておらず、研究など程遠い段階だ。客観的と言えるかどうかわからないが、話のできる人との接触が多くなったと感じる。もうじき、いい関係が築けないか、期待している。まるで恋人とねんごろになるかのような思いでいる。私が純粋にこの田舎のために働きたいと思っていることが伝わらないか、期待している。

2年前、東京で仕事を失ってからは、年末までがひどい精神状態だった。あれを鬱と呼ぶのだろうと思う。幸い、近しい人が入れ代わりメッセージを送ってくれていた。私よりも私のことをよく知っているから。やはり、ピンチにはわかりやす過ぎるくらいに弱い私だった。何かあってはいけないと思う人たちがいたのだ。ちょうどその頃、アロマテラピーを始めたこともあって、相乗効果で精神的にはまあまあ回復できた。抗議行動にも行けるようになったのだった。

今、こちらに復帰してゼロから立ち上がろうとしている。肉体的には十分で、精神的にもようやく追い付きつつある。仮にうまく行ったとしてもそれは、かつて考えていたように、最初のハードルに過ぎない。まだ、越えなければならないハードルは少なくとも3つはある。それらを超えて、未来を作り出せるかどうかが私に課せられた試練だ。逃げ出すことも自由だが、それは、あまりにも刹那的過ぎる。私には挑戦する未来がふさわしい。そうであればこそ、幼くして死ぬ運命にあった私を地獄から救い出してくれた祖父の営為に応えることができるわけだ。

がんばろう。明るく、素直に、温かくで!
昨日は、ツレと飲んで来た。もちろん、カラオケにも行っていがって来た。異例の当日帰りという早めの解散だった。最近は、毎月行くようになったので、こういうこともあらあな、ということで別れた。お互いに仕事上の調子が悪い。私の方は体調も悪かった。野焼きの煙のせいだと思うが、吐き気、頭痛の中での飲み会だった。先月も行った、わりと落ち着く所なのでそれでも気持ち良く少し飲み、食べ、話すことができた。

カラオケも機嫌良く楽しみ、いつもの会話。私が唯一、リラックスできる相手だ。来月も行くのだが、私の状況に変化はあるのだろうか。(; ̄ェ ̄)

12時過ぎには、家に帰った。疲れていたのか、そのまま寝込んでしまっていた。寒いのでその後も4時頃に目が覚めたりした。相変わらず、睡眠は浅い。
「本当の人」などという青臭い言葉を思い出し、ネットで『リップスティック』というドラマを探し少し見てみると、これがおもしろかった。野島伸司ドラマだ。一時期、私はこれに完全にいかれていた。孤独だったので頼ったのだろうと思う。

さすがに、私も自分の過去をふりかえる暇は無い。そして、それはつまらないこと。一瞬、こんなことがあったなと思うことはあっても、いちいち思い出に浸ることはあり得ない。それをするには、まだ歳が若いというもの。

まだ、何も有利な情報は無いのに、これから行くというだけで気分が前向きになっている自分を少し戒めなければならない。ただし、構想を練るのならば例外的に良しとしよう。いろいろと前向きな提案が頭に浮かぶ。東京でやっていた最後の仕事が、こちらでも役立ちそうとか、文書の検索システムを作ろうとか。プロトタイプながら、本の中身まで検索できて閲覧できるシステムとか。

要するに私は、役に立つ仕事をしたいのだが、未だ出会えていないということ。何回か書いたように、段々と近づいている感じがしている。私に興味まで行かないが、普通に会話ができる人たちだ。これまではとても話などできる相手ではなかった。もちろん、あやふやな直感でそう思だけだから、全くの検討外れもあり得る。

そんなに悲観していないのは、私には意欲とそれなりの実力はあると信じているからだ。離れているとはいえ、素人と同じではない。つまり、それなりの相手が見つかれば、即、出動できるし、開始できるわけだ。田舎だからといって、何も無いということはないだろう。ある所には、あるのかもしれない。
今は特別な時間であるわけではなく、これまで過ごしてきた延長にあるに過ぎない。だから、このままダメになるかもしれないし、好転するかもしれない。わからないのが人の一生。わかってしまうと、つまらないだろう。そして、わかるわけがない。

私は、確かに努力はして来た。浪人時代のように今のシステムには通用しない無駄な努力もある。しかし、やって来たという記憶は確かなので自信を持っている。今の努力は何かというと、やるべきことを探すという努力だ。やりたいことはこの数ヶ月の期間のうちでもあった。自分の専門以外でという意味でだ。結局、それらは実ることは無かったが、確かに努力ではあった。

昨日も書いたが、話をして楽しいという人間がいない。親友くらいしかいない。仕事の場で欲しいのだが、年齢的に逃げになっている。私だけが攻めているというわけではないのだが、彼らの大半は逃げている。

近しい人が、どうせ先が短いのだからとよく口にする。私はまだその領域になっていないからわからないのかもしれない。丹波哲郎氏の説くように、あの世を想像しているので私には、早く死にたいという意識は無い。ただ、自分の場合はちょっと自信が無い。いろいろと体の故障が出始めると、という意味だ。人には、頑張れと応援する私が自分ではもう、疲れたと言うかもね。

いかに生き、いかに死後の世界を想像するか、そのことで安らかな日々が送れないか、そんなことを考えている。できることならば、死ぬまで体調が良いことが望ましいが、ほとんどの人には無理であり得ないことだ。何らかの障害を持ち、生き続けるのみなのだ。

運もあるだろう。私は、この十数年間というもの自分の運とか考えずに、ひたすら仕事に取り組んで来た。気がついたら、偽物の人間が目の前にいた。これは、運が悪いだけではないのだろう。私が、うかつにも会社を知らなかったということなのだろう。

そして今はどうなのか。運とかあの世とか言ってはおられないギリギリの状態だ。誰もがやっている仕事を自分もやり、生活の立て直しをしたいだけだ。私の野望は、それからのことだろう。あきらめてはいないのだから、またデジタルの仕事はやればいいだけのこと。会社も存続することになった。税務署と相談したのだった。話をしてくれた人は、仕事人で税金を払う会社を一つでも多く存続させることに命をかけているかのようだった。彼も本当の人だったかもしれない。意外な所の人に勇気づけられ、今後を生き抜くことになった。

これから先、本当の人に出会い、力を合わせて未来を作ろうと思う。そう、明るく、素直に、温かく、だ。
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