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昨夜は、香港の情勢が気になり、またまた遅くまで起きていた。現在の行政長官を認めると自分たちの未来が無いと思った学生が立ち上がった、ということでいいのだろうか。もう、かなり前から抗議行動は続いており、目立ってきたのがこの1~2週間ということらしい。我が国の悩みと同じ悩みが香港にもあるのだろう。我が国とて、アべチンを放置しておいていいということはなく、何とかしなければならないのだが、香港ほどは大きな動きになっていない。
恐いのは、昨夜が何とか何も起きなかったというだけで、いつ何が起きるかわからないということは、覚悟していなければならない。歴史上の事件がわかりやすく起きたと考えるのは間違いだろう。私が大飯再稼働の後から抗議行動に参加したのは、それなりの覚悟をしてだった。やはり、警察や公安を前に行動するということは、いつどんな罪をなすりつけられるか、わからないということだけは覚悟しておきべきだろう。今の所、何もないらしいが、起きても不思議ではない。
中国政府は、我が国の電力会社というふうに見てもいいかもしれない。市民の目にはあきらかに辞めないといけない人間が支配している。中国政府も電力会社も解体されることが望ましいが、ピストルを持っている人間が、持っていない人間の言うことをきくわけがない。よほどの高い理念を持っているのなら別だが。単純に権力を失いたくないという気持ちは強いはずだ。譲ることは、権力を失うだけではなく、犯罪者にもなる。権力の旨みを知っている者にとっては、死んでも許せないことだろうと思う。だから、普通には難しいのだが、人が増えるとそれもわからない。
天安門事件は、中国政府にとって、鎮圧しやすい状況があったのかもしれない。最近になって、当時の虐殺シーンらしきものが出回っているが、当局にとっては、それでも「少数」を虐殺することで鎮圧できると考えたのかもしれない。今も権力者の考えることはまったく同じことだろう。我が国とて同じこと。状況を変えたいと思う人が数万人単位で集まらないと何かは期待できないような気がする。しかも、覚悟を決めた人がそれだけいるということ。
私については、少し冷静になれた。今後どうすべきなのかもわかっている。しかし、社会はどうなるのか。私もかかわることをしながら、年末を迎える。そろそろ時間切れとは思うが、社会全体がそれを望んだと言えなくもない。望まないのならば、香港の人々のように立ち上がるしかないのだ。
恐いのは、昨夜が何とか何も起きなかったというだけで、いつ何が起きるかわからないということは、覚悟していなければならない。歴史上の事件がわかりやすく起きたと考えるのは間違いだろう。私が大飯再稼働の後から抗議行動に参加したのは、それなりの覚悟をしてだった。やはり、警察や公安を前に行動するということは、いつどんな罪をなすりつけられるか、わからないということだけは覚悟しておきべきだろう。今の所、何もないらしいが、起きても不思議ではない。
中国政府は、我が国の電力会社というふうに見てもいいかもしれない。市民の目にはあきらかに辞めないといけない人間が支配している。中国政府も電力会社も解体されることが望ましいが、ピストルを持っている人間が、持っていない人間の言うことをきくわけがない。よほどの高い理念を持っているのなら別だが。単純に権力を失いたくないという気持ちは強いはずだ。譲ることは、権力を失うだけではなく、犯罪者にもなる。権力の旨みを知っている者にとっては、死んでも許せないことだろうと思う。だから、普通には難しいのだが、人が増えるとそれもわからない。
天安門事件は、中国政府にとって、鎮圧しやすい状況があったのかもしれない。最近になって、当時の虐殺シーンらしきものが出回っているが、当局にとっては、それでも「少数」を虐殺することで鎮圧できると考えたのかもしれない。今も権力者の考えることはまったく同じことだろう。我が国とて同じこと。状況を変えたいと思う人が数万人単位で集まらないと何かは期待できないような気がする。しかも、覚悟を決めた人がそれだけいるということ。
私については、少し冷静になれた。今後どうすべきなのかもわかっている。しかし、社会はどうなるのか。私もかかわることをしながら、年末を迎える。そろそろ時間切れとは思うが、社会全体がそれを望んだと言えなくもない。望まないのならば、香港の人々のように立ち上がるしかないのだ。
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書類を印刷するために、昨年まで使っていたマシンを久しぶりに立ち上げた。500GBだが、かなーり容量は余っている。まだ、本格的な仕事をする前に仕事を下ろされてしまったので、こうなのだ。普通はデータでパンパンになる。私も311の前の年に、よりいい仕事をしようと思い買ったものだった。そんなに高級ではないが、そこそこのマシンだ。速い感じがする。ただ、サウンドまわりが、相変わらずぼろいと感じていた。しかし、今日ネットにあるドラマを見てみたが、まあ、普通程度の音は出る。特別にこだわりがなければ、いいマシンだ。
いいとなると、何個も欲しくなるのだが、これは一種の病気のようだ。ネットで参考になった人のブログにも同じことが書いてあった。同じものか同じようなものを何個も買うのだ。安物のカメラとかがまさにそれだ。2005年あたりだろうか、江戸川の土手を歩くことを覚えて、そこの草を撮るのが好きだった。ちょうど松下が動画も録れるカメラを売り出していた。私は、一連の松下のカメラを狂ったように買ったものだった。今からするとほとんど価値が無い。基本は今でも同じで、金があれば買いたいくらいだ。この、ThinkPad10も2個目を考えたくらいだ。さすがに、安くはないのであきらめた。
安ければ、それなりに評価のできるマシンなのだ。要するに、このマシンで容量がもうちょい大きいとか、画面がさらに高精度のものが欲しいだけだ。だから、同じものを買ってもあまり、満足感は無いだろう。それならば、少しグレードの高い、YogaとかHelixを目指すべきだろう。どちらも、ちょっと納得できない部分があり、ためらっている。画面の精度だ。やはり、私は文字を扱う仕事をしているわけだから、画面にはこだわりたいわけだ。文字がきれいに見えるマシンが欲しい。
iPadも十分使ったが、やはり開発環境が入らないという限界がある。将来的にもOS Xを入れるようなことは無いのではないか。重くなるし、パフォーマンスが出せないだろう。少数派の開発者を喜ばせても何の得もないということだろう。
私は、このマシンのバックアップをとったら、Ubuntuを入れたりしたいところだ。128GBもあれば、十分だろう。Ubuntuタブレットが出来上がるのか、それとも何らかの不具合が発覚するのだろうか。X61に最新のUbuntuを入れたが、Ubuntu自身の不具合くらいしか、今の所は見当たらない。ThinkPadだから、ここが使えないということは無いようだ。
いいとなると、何個も欲しくなるのだが、これは一種の病気のようだ。ネットで参考になった人のブログにも同じことが書いてあった。同じものか同じようなものを何個も買うのだ。安物のカメラとかがまさにそれだ。2005年あたりだろうか、江戸川の土手を歩くことを覚えて、そこの草を撮るのが好きだった。ちょうど松下が動画も録れるカメラを売り出していた。私は、一連の松下のカメラを狂ったように買ったものだった。今からするとほとんど価値が無い。基本は今でも同じで、金があれば買いたいくらいだ。この、ThinkPad10も2個目を考えたくらいだ。さすがに、安くはないのであきらめた。
安ければ、それなりに評価のできるマシンなのだ。要するに、このマシンで容量がもうちょい大きいとか、画面がさらに高精度のものが欲しいだけだ。だから、同じものを買ってもあまり、満足感は無いだろう。それならば、少しグレードの高い、YogaとかHelixを目指すべきだろう。どちらも、ちょっと納得できない部分があり、ためらっている。画面の精度だ。やはり、私は文字を扱う仕事をしているわけだから、画面にはこだわりたいわけだ。文字がきれいに見えるマシンが欲しい。
iPadも十分使ったが、やはり開発環境が入らないという限界がある。将来的にもOS Xを入れるようなことは無いのではないか。重くなるし、パフォーマンスが出せないだろう。少数派の開発者を喜ばせても何の得もないということだろう。
私は、このマシンのバックアップをとったら、Ubuntuを入れたりしたいところだ。128GBもあれば、十分だろう。Ubuntuタブレットが出来上がるのか、それとも何らかの不具合が発覚するのだろうか。X61に最新のUbuntuを入れたが、Ubuntu自身の不具合くらいしか、今の所は見当たらない。ThinkPadだから、ここが使えないということは無いようだ。
一方で私の頭は勝手に動き、いろいろと夢を描き続けている。やはり、辞書をはじめとするデータベース作りでの活躍だ。今の所、そんなお話は一切ないのだが、それ故の夢物語なのかもしれない。大事なのは、こんな状況でもやる気があるという事実だろう。これが無ければ私も万歳することだろう。
後は、この国の情勢がどうなるかで私のこれからも変わってくるのではないかと思う。良くなれば、私に仕事も回ってくるだろうし、さらに悪くなれば、ますます貧困は続くだろう。
夢の追求もいいのだが、やはり難しい部分があるので、せめてそこに解決の糸口を示して提案すれば、少しは反応はあるのかもしれない。さすがに、昨日のメールでは反応は期待できないかもしれない。もちろん、先方の状況がどうだということは一切わかっていない。
私もいろいろ事務処理をしつつも、このマシンに開発環境を移植しようとしている。それなりに使えるので、喜んでいるが、面倒なことも事実。まあ、気長にやっていこうと思う。容量が少なくなったので、これからが大変だ。
後は、この国の情勢がどうなるかで私のこれからも変わってくるのではないかと思う。良くなれば、私に仕事も回ってくるだろうし、さらに悪くなれば、ますます貧困は続くだろう。
夢の追求もいいのだが、やはり難しい部分があるので、せめてそこに解決の糸口を示して提案すれば、少しは反応はあるのかもしれない。さすがに、昨日のメールでは反応は期待できないかもしれない。もちろん、先方の状況がどうだということは一切わかっていない。
私もいろいろ事務処理をしつつも、このマシンに開発環境を移植しようとしている。それなりに使えるので、喜んでいるが、面倒なことも事実。まあ、気長にやっていこうと思う。容量が少なくなったので、これからが大変だ。
あくまでも個人的な感想だが、東京だけでなくこの国の全体がおかしくなりかけていないか。仕事のある人も無い人も。会社務めしている人間は特に身近におかしさを感じているかもしれない。私は、個人的に出した2通のメールを根拠にこんなことを言っているに過ぎない。メールも出せないということはないので、そういう心境に無いということだけはわかったのだ。
香港では連日、若者が政治を変えるために立ち上がっている。わが国では何もないのかというと、そんなことはない。目立たないが、ネットを探せば、毎日のように抗議行動は続いている。本当なら、後から後から、続かなければならないのだ。私も東京にいないから、などと言っておれない状況なのだ。それほど、今という時代、瞬間は急を要する。今年もやり過ごすようならば、さらに犠牲者は増え、この列島の未来も危うくなる。今がギリギリの時間なのだということがわかる。
私は、と言えば、まだ夢のようなことを毎日考えている。情報を何とか拡散し、正しく判断できるようになること。それが私の理想とする世の中だ。私はできると思って行動している。今の自分がまったく役に立たない人間であっても。
香港では連日、若者が政治を変えるために立ち上がっている。わが国では何もないのかというと、そんなことはない。目立たないが、ネットを探せば、毎日のように抗議行動は続いている。本当なら、後から後から、続かなければならないのだ。私も東京にいないから、などと言っておれない状況なのだ。それほど、今という時代、瞬間は急を要する。今年もやり過ごすようならば、さらに犠牲者は増え、この列島の未来も危うくなる。今がギリギリの時間なのだということがわかる。
私は、と言えば、まだ夢のようなことを毎日考えている。情報を何とか拡散し、正しく判断できるようになること。それが私の理想とする世の中だ。私はできると思って行動している。今の自分がまったく役に立たない人間であっても。
以前は、そんなでもなかったのに最近では妙に気になるのが辞書だ。国語辞典は毎日のように使うし、中国語辞典や英和辞典も場合によっては使う。頻度はそれほど多くはないにしても使うときにはどんどん使い、他の辞書もあったらなあと思うことも多い。
そんな中、ツイトモと話していて、広東語の辞書を作りたいと思った。既に紙の辞書は数こそ少ないが、あるにはある。その出版社に向けて営業するのもいいのだが、恐らくはつれない返事しかないのだろう。それほど儲けは期待できないだろうからだ。そこを何とかするのが、私の腕の見せ所だとは思うが、妙案は無い。あれば、既にやっている。
広東語の使用人口は、8000万ほどだという。そして、新しい言語ではなく、中国語の一方言なのだという。ただ、勉強するには、そいう考えをやめて、新しい言葉と思う方が理解は進みそうだ。台湾の言葉もそうだ。方言と認めつつ、新たな外国語としてとらえればわかりやすいのではないか。見てみると、広東語の他に台湾語として辞書もある。
これまでは、普通話、プートンファすら理解できないので広東語などとても手が出なかったが、繁体字や独特な発音は興味がなかったわけではなかった。わからないならば、わかるようにするだけのことだろう。そのための助けが欲しい。乗りかかった船でもあるし、広東語のデジタル版、ぜひとも作りたい。困難があればあるほど燃えることだろう。
お金は無いのだが、仕事につながる投資という意味でまた辞書を買うことにするか。やはり、ニーズはそんなに多くないのか、高価だ。ボリュームの割には高いという意味だ。一緒に中国語をやっていた人に昨日、メールしてみたが返事は無かった。私と連絡をとっても利益は無いということなのだろうか。仕事では、そういうことはいくらでもあるから気にしないことだが、やはり気になる。彼は、広東語などほとんど使われないのでと無視を決め込んでいた。
よく考えてみるとそんなことはない。昨日、ツイトモに感動してもらったのは「言葉は相互理解の基本」という考え方だ。わからないことは理解すればいいだけのこと。いつまでもわからないでは不自然であるし気持ち悪い。しかも解決できること。一つの辞書でわからなければ、いくつも作ればいい。これは、プログラミング言語でもそうだ。何も一つで理解しようとせず、たくさん買い理解すればいい。理解することが目標だからだ。私はもちろんそうして、けっこう高くついた。
ツイトモに感謝しよう。久々に、あては無いのだが、やる気を出している。先生にも相談したいが、あまり方言については知らないかもしれない。広大な中国だけに自分の周りで使える言葉を学ぶのが精一杯かもしれない。今日からは目標もできたので、なぜかがんばれる感じだ。
そんな中、ツイトモと話していて、広東語の辞書を作りたいと思った。既に紙の辞書は数こそ少ないが、あるにはある。その出版社に向けて営業するのもいいのだが、恐らくはつれない返事しかないのだろう。それほど儲けは期待できないだろうからだ。そこを何とかするのが、私の腕の見せ所だとは思うが、妙案は無い。あれば、既にやっている。
広東語の使用人口は、8000万ほどだという。そして、新しい言語ではなく、中国語の一方言なのだという。ただ、勉強するには、そいう考えをやめて、新しい言葉と思う方が理解は進みそうだ。台湾の言葉もそうだ。方言と認めつつ、新たな外国語としてとらえればわかりやすいのではないか。見てみると、広東語の他に台湾語として辞書もある。
これまでは、普通話、プートンファすら理解できないので広東語などとても手が出なかったが、繁体字や独特な発音は興味がなかったわけではなかった。わからないならば、わかるようにするだけのことだろう。そのための助けが欲しい。乗りかかった船でもあるし、広東語のデジタル版、ぜひとも作りたい。困難があればあるほど燃えることだろう。
お金は無いのだが、仕事につながる投資という意味でまた辞書を買うことにするか。やはり、ニーズはそんなに多くないのか、高価だ。ボリュームの割には高いという意味だ。一緒に中国語をやっていた人に昨日、メールしてみたが返事は無かった。私と連絡をとっても利益は無いということなのだろうか。仕事では、そういうことはいくらでもあるから気にしないことだが、やはり気になる。彼は、広東語などほとんど使われないのでと無視を決め込んでいた。
よく考えてみるとそんなことはない。昨日、ツイトモに感動してもらったのは「言葉は相互理解の基本」という考え方だ。わからないことは理解すればいいだけのこと。いつまでもわからないでは不自然であるし気持ち悪い。しかも解決できること。一つの辞書でわからなければ、いくつも作ればいい。これは、プログラミング言語でもそうだ。何も一つで理解しようとせず、たくさん買い理解すればいい。理解することが目標だからだ。私はもちろんそうして、けっこう高くついた。
ツイトモに感謝しよう。久々に、あては無いのだが、やる気を出している。先生にも相談したいが、あまり方言については知らないかもしれない。広大な中国だけに自分の周りで使える言葉を学ぶのが精一杯かもしれない。今日からは目標もできたので、なぜかがんばれる感じだ。