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この間、書いた3つの願いだが、私自身のご都合主義の願いもろとも崩れてしまいそうだ。ヒロジーのことはよくわからないのだが。
今日の面接を振り返っても、あれでは自己アピールは難しいように思えた。せっかくの経験を伝えるチャンスも無かった。少し引いてみると、私がやって来たようなデジタルの知識が必要な職場でもある。図書館でもそうだった。それがやらせてもらえないのが何とも残念でならない。
ルートとか現実に行くとなると時間的にはどうかとかいろいろ検討したのだが、もちろん、そういうことは相手には関係ないことではあるが。朝が苦しいというのはある。ラッシュが田舎にも存在するのだが、どのくらいなのか短期間に調査しておかなければならないからだ、もし行くとなると。
今と同じように入れない大学に恋焦がれて思い悩んだ20代の日々を思い出す。正確に言えば18から22までだ。どうがんばっても私のペースではどこの大学にも入れなかった。私が偏った勉強しかしていなかったからかもしれない。本当に勉強がおもしろくなった高3あたりから歯車がくるってしまったのかもしれない。特に物理がおもしろかったように思う。歴史好きになったのは浪人して恩師に再会してからのことだ。
仕事というのは首尾よく行くことにこしたことはないのだが、そうではないことも多い。つまり、自分が本当にやりたいという仕事に巡り合えることでようやく「就職した」ことになる。私にはそれすら難しいが大手とか、手堅いところに就職できたからといっても、おもしろくなければ意味が無いということ。やりたいこととはまた違うのだと思う。ちょうど今の私と同じようなことかもしれない。
今回、奇跡が起きたとしても任用期間というのがあって、最大で1年のみだ。だから、1年後にはまたぷー太郎に逆戻りだ。ただ、努力はできる環境だが。つまり、他にはないかとあたってもらうことはできるかもしれないということ。これも能力次第というところか。
プログラミングの仕事についた時には、ときめきがあった。本当にやりたい仕事だったから。訳が分からないことは知っていたのだが、それでもやりたかった。だから、多少の困難には耐えられた気がする。今度はどうか。未知の分野でよくわからないという点は同じだ。ただ、研究職ではないので、そこまで悩むことはないのだろう。人間関係にしても。
東京に移ってすぐは、まだよくわからないことがいっぱいあった。そして、面白みがわからないまま転職する危機もあった。しかし、何とか続けて面白さも知ることができた。教えてもらう人がいなくなったことがかえって幸いしたのだった。普通には時間が無いのでなかなかうまく行かないものだが、時間もあった。これが大きかったわけだ。
東京に行った時と類似点が無いわけではない。それは、明確にやって欲しいことがあるようだった。事前に私がそれを調べていたことは、少しはポイントにつながったかもしれない。つまり、私の興味とはまったく違うところで相手は動いているということ。しかし、そういうことならむしろ歓迎でかえってファイトがわくというもの。研究の要素があればもっと興味がわいてくる。あるいは、啓蒙的なことだけであっても、自分はわかっていなければならないので調べるチャンスは出て来る。そうしたことが面白い!ということにつながる。
私にはその方面の知識が無いだけに素人の発想で勝負できる。聞いたりもできるのかもしれない。そうしたことが役立つのではないかと思う。そういえば、日ごろの思いを伝える場面もあった。人生の半分を外で過ごした私だけに、外で蓄えた少しばかりの実力を郷土で活かしたいという思いだ。本当にそう思う。この街が本当の意味で発展するためには、新しい産業が無ければいけないわけだ。私ならたくさんのアイデアがあるのでできるという気がしているのだが。
今日の面接を振り返っても、あれでは自己アピールは難しいように思えた。せっかくの経験を伝えるチャンスも無かった。少し引いてみると、私がやって来たようなデジタルの知識が必要な職場でもある。図書館でもそうだった。それがやらせてもらえないのが何とも残念でならない。
ルートとか現実に行くとなると時間的にはどうかとかいろいろ検討したのだが、もちろん、そういうことは相手には関係ないことではあるが。朝が苦しいというのはある。ラッシュが田舎にも存在するのだが、どのくらいなのか短期間に調査しておかなければならないからだ、もし行くとなると。
今と同じように入れない大学に恋焦がれて思い悩んだ20代の日々を思い出す。正確に言えば18から22までだ。どうがんばっても私のペースではどこの大学にも入れなかった。私が偏った勉強しかしていなかったからかもしれない。本当に勉強がおもしろくなった高3あたりから歯車がくるってしまったのかもしれない。特に物理がおもしろかったように思う。歴史好きになったのは浪人して恩師に再会してからのことだ。
仕事というのは首尾よく行くことにこしたことはないのだが、そうではないことも多い。つまり、自分が本当にやりたいという仕事に巡り合えることでようやく「就職した」ことになる。私にはそれすら難しいが大手とか、手堅いところに就職できたからといっても、おもしろくなければ意味が無いということ。やりたいこととはまた違うのだと思う。ちょうど今の私と同じようなことかもしれない。
今回、奇跡が起きたとしても任用期間というのがあって、最大で1年のみだ。だから、1年後にはまたぷー太郎に逆戻りだ。ただ、努力はできる環境だが。つまり、他にはないかとあたってもらうことはできるかもしれないということ。これも能力次第というところか。
プログラミングの仕事についた時には、ときめきがあった。本当にやりたい仕事だったから。訳が分からないことは知っていたのだが、それでもやりたかった。だから、多少の困難には耐えられた気がする。今度はどうか。未知の分野でよくわからないという点は同じだ。ただ、研究職ではないので、そこまで悩むことはないのだろう。人間関係にしても。
東京に移ってすぐは、まだよくわからないことがいっぱいあった。そして、面白みがわからないまま転職する危機もあった。しかし、何とか続けて面白さも知ることができた。教えてもらう人がいなくなったことがかえって幸いしたのだった。普通には時間が無いのでなかなかうまく行かないものだが、時間もあった。これが大きかったわけだ。
東京に行った時と類似点が無いわけではない。それは、明確にやって欲しいことがあるようだった。事前に私がそれを調べていたことは、少しはポイントにつながったかもしれない。つまり、私の興味とはまったく違うところで相手は動いているということ。しかし、そういうことならむしろ歓迎でかえってファイトがわくというもの。研究の要素があればもっと興味がわいてくる。あるいは、啓蒙的なことだけであっても、自分はわかっていなければならないので調べるチャンスは出て来る。そうしたことが面白い!ということにつながる。
私にはその方面の知識が無いだけに素人の発想で勝負できる。聞いたりもできるのかもしれない。そうしたことが役立つのではないかと思う。そういえば、日ごろの思いを伝える場面もあった。人生の半分を外で過ごした私だけに、外で蓄えた少しばかりの実力を郷土で活かしたいという思いだ。本当にそう思う。この街が本当の意味で発展するためには、新しい産業が無ければいけないわけだ。私ならたくさんのアイデアがあるのでできるという気がしているのだが。
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行ってみて驚いたのだが、3人一組でやる集団面接だった。直前に改めて案内を見るとそう書いてあるのでだまし討ちでもなんでもない。質問は、いつも通りの陳腐なものだった。出来レースだったのかもしれない。私がやりたい仕事だったせいか、特別なものと思って臨んだが、向こうにしてみればお決まりの出来事に過ぎないのだろう。
そもそもが厳しいハードルがあるので難しいのだが、たとえ1年でもやりたいと思った。次につながるかもしれないからだ。もちろん、これで最後ではないのだが、気持ちとしては最後にしたい。あまりに行動が遅くなると私も何もせずに終わってしまいそうだからだ。何か郷土のために尽くしたいと言ったのだが、これは真実のことだ。
仮に奇跡が起こり、行くことになったとしても態勢は万全だ。今日行ったルートで時間帯を合わせれば、どれくらいかかるか正確にわかる。車だと相当に長距離であるとしてもあまり障害にはならない。疲れはあるのだが、それこそ慣れの問題だろう。今日の時間帯だと、前回よりもかなり短い印象を持った。実際には、たいして変わらないのだが、田舎道なのでそう疲れなかったということ。行き返りが楽しみになるようなコースだ。
かなり、思いを残して帰って来たのだが、現実には、もう次のことに頭は動いている。厳しい現実を見てからの行動では遅くなるからだ。明日は、またそのための行動も必要だ。しかし、がんばろう。素直に明るく温かくで。
そもそもが厳しいハードルがあるので難しいのだが、たとえ1年でもやりたいと思った。次につながるかもしれないからだ。もちろん、これで最後ではないのだが、気持ちとしては最後にしたい。あまりに行動が遅くなると私も何もせずに終わってしまいそうだからだ。何か郷土のために尽くしたいと言ったのだが、これは真実のことだ。
仮に奇跡が起こり、行くことになったとしても態勢は万全だ。今日行ったルートで時間帯を合わせれば、どれくらいかかるか正確にわかる。車だと相当に長距離であるとしてもあまり障害にはならない。疲れはあるのだが、それこそ慣れの問題だろう。今日の時間帯だと、前回よりもかなり短い印象を持った。実際には、たいして変わらないのだが、田舎道なのでそう疲れなかったということ。行き返りが楽しみになるようなコースだ。
かなり、思いを残して帰って来たのだが、現実には、もう次のことに頭は動いている。厳しい現実を見てからの行動では遅くなるからだ。明日は、またそのための行動も必要だ。しかし、がんばろう。素直に明るく温かくで。
一つはご都合主義だが、ぜひともかなって欲しい願いがとりあえず3つある。一つは、辺野古でがんばっているヒロジーの帰還だ。これまで言わなかったことからみるとかなり悪いと思われる。何とか放射線治療で治らないものか。白血病ならば、骨髄移植しても難しい場合もあるそうだが。
もう一つは、この国の有様だ。アベチンが退陣し、小菅の別荘に移されることを願う。この国は別の方向に急転換しなければならない。自民党や公明党は政治活動そものものを禁止という措置がとられなければならない。そして、そこから展開される汚染地帯からの集団移住だ。経済の損失よりも人の命が大事だ。
そして、ご都合主義の残り一つは私の仕事。やりたいと思っている仕事があるのだ。本来のデジタルの仕事ではないが、展開によっては可能になるかもしれないという方向性を秘めた仕事なのだ。私の興味も十分で最後の情熱を注ぐに値する仕事だ。デジタルの仕事はライフワークなので、これを止めることはないと思うが、それと同時にぜひやってみたい仕事、いや仕事分野とも言うべき仕事だ。
落ちたらこの前のように実に恥ずかしい思いをするのでズバリ言うことは避けている。もうしばらくお待ちいただきたい。実はもう一つあるのだが、それは心に秘めておこう。この土日から天候のせいもあってか、気分がすぐれない。悪い事ばかり考えている中での暗いニュースなので、私自身がもたない状況なのだ。私がたおれることもないではないが、もっと先のことだと思っている。何としてでも会社を復活させてから、あちらに行くなら行きたい気持ちだ。まだ早いということ。
もう一つは、この国の有様だ。アベチンが退陣し、小菅の別荘に移されることを願う。この国は別の方向に急転換しなければならない。自民党や公明党は政治活動そものものを禁止という措置がとられなければならない。そして、そこから展開される汚染地帯からの集団移住だ。経済の損失よりも人の命が大事だ。
そして、ご都合主義の残り一つは私の仕事。やりたいと思っている仕事があるのだ。本来のデジタルの仕事ではないが、展開によっては可能になるかもしれないという方向性を秘めた仕事なのだ。私の興味も十分で最後の情熱を注ぐに値する仕事だ。デジタルの仕事はライフワークなので、これを止めることはないと思うが、それと同時にぜひやってみたい仕事、いや仕事分野とも言うべき仕事だ。
落ちたらこの前のように実に恥ずかしい思いをするのでズバリ言うことは避けている。もうしばらくお待ちいただきたい。実はもう一つあるのだが、それは心に秘めておこう。この土日から天候のせいもあってか、気分がすぐれない。悪い事ばかり考えている中での暗いニュースなので、私自身がもたない状況なのだ。私がたおれることもないではないが、もっと先のことだと思っている。何としてでも会社を復活させてから、あちらに行くなら行きたい気持ちだ。まだ早いということ。
福井地裁の判決には驚いている。司法も原子力マフィアの一員だと思っていたからだ。もちろん、高裁、最高裁で本当の意見を言えばいいということかもしれないのだが。現実に、再稼働は差し止められている。原子力マフィアとしては容認できないことではないのか。そして、辺野古問題では、翁長氏がまともなことを言い過ぎる件。まともでもっともなことなので驚いてしまう。このことをなぜ今までの知事は言えなかったのか。大田知事は言ったのだろうと思うが、その後、邪魔と思われたか追い落とされてしまった。翁長氏はどうなのか。
そんな事もあって、私もぼーとしてしまう時間が多くなった。何が起きているのか、よくわからないからだ。それでも辺野古では毎日抗議行動は続き、大浦湾の埋め立てに向けて工事も進んでいる。この正反対の現象はどういうことなのか。さすがに、私はこういう状況に疎い。
そんな事もあって、私もぼーとしてしまう時間が多くなった。何が起きているのか、よくわからないからだ。それでも辺野古では毎日抗議行動は続き、大浦湾の埋め立てに向けて工事も進んでいる。この正反対の現象はどういうことなのか。さすがに、私はこういう状況に疎い。
今の所、私には希望らしい希望は無い。それ故に「夢」を見ることができると思っている。お金も無し、仕事も無しという厳しい現実の前には夢を見ずにはおれないというわけだ。そして、この現実を乗り越える時、夢と現実が一致する。私は、ずっとそうやって生きて来た。
苦しい日々の時に限って、これ以上の人はいないという人に出会って来た。浪人時代、90年代の苦しい時にも。そして今、まだ出会えていないのだが、私が意外にも低き安定を保っているのは、そういう理由があるのだ。
もちろん、やりたい事は山のようにある。私の希望的観測に過ぎないのだが、私の仕事で多くの人が助かるか、便利な世の中になるはずだ。いや、私だけの仕事ではなく、私の会社がやるという意味だ。何の材料も無いのに、そのうちパートナーを呼び戻してなどと考えている。まったくの夢物語だ。
ただ、いつも思うのだが、今こそ私たちの仕事が必要な時は無い。そこまで重要な仕事なのだ、私たちの仕事は。何とか、小さな夢から大きな夢が育てばいいのだが。私の強気を支えているのは、いつも自分のためであって、自分のためではなく、たくさんの他人のためだという論理があるからだ。実際にそうだと思っている。
夢は夢物語で消えてナンボだ。夢敗れることを恐れる必要はない。がんばろう。
苦しい日々の時に限って、これ以上の人はいないという人に出会って来た。浪人時代、90年代の苦しい時にも。そして今、まだ出会えていないのだが、私が意外にも低き安定を保っているのは、そういう理由があるのだ。
もちろん、やりたい事は山のようにある。私の希望的観測に過ぎないのだが、私の仕事で多くの人が助かるか、便利な世の中になるはずだ。いや、私だけの仕事ではなく、私の会社がやるという意味だ。何の材料も無いのに、そのうちパートナーを呼び戻してなどと考えている。まったくの夢物語だ。
ただ、いつも思うのだが、今こそ私たちの仕事が必要な時は無い。そこまで重要な仕事なのだ、私たちの仕事は。何とか、小さな夢から大きな夢が育てばいいのだが。私の強気を支えているのは、いつも自分のためであって、自分のためではなく、たくさんの他人のためだという論理があるからだ。実際にそうだと思っている。
夢は夢物語で消えてナンボだ。夢敗れることを恐れる必要はない。がんばろう。