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先ほど、パートナーに別れを告げてきた。長きにわたって仕事をやってきたのに、解雇せざるをえない事態になってしまった。パートナーは最初から覚悟していたかのように固い表情だった。
原因はいろいろあるが、最後の2年間あたりが特に問題があったかもしれない。私が問題があると思っているにもかかわらず、先方のことだからと放置したのだった。そのうち、部署そのものが無くなり、私たちもお払い箱ということだ。
我が社の問題としては、私がもっと先を見通して仕事をやっていなかったということ。忙しさにかまけてあいまいにしていたのは事実だ。その点が今になって悔やまれる。
パートナーとやってきた約12年間というもの、いろんなことがあった。パートナーと2度の別れがあった。一度は心ならずも病気で、二度目は私の姿勢で。二度目は私が改心して引き戻した形だが、結局、仕事の体勢が整うこともなく自爆してしまった。
なかなか地道な仕事なので分業したり、いろんな工夫が必要だった。私は、ともかく自分が集中することだけしかやらなかったように思う。これが二度目の別れをもたらした原因なのではないかと今では思っている。当時は、何で?と思っていた。
この2年間というもの私自身も集中できるわけでもなく中途半端な仕事に終始したと思う。最後に請け負った難しい仕事がこの春に終わったが、これが事実上最後の仕事だったように思う。
もちろん、私もパートナーは今、何を考えているのか関心が無いわけがない。しかし、それを口にすることもできないほどに心は離れていたかもしれない。いよいよ終わりとなったこの2ヶ月の間は、元のように心は通っていたように思う。
1月前、私はイライラしていた。もうやる気が無くなる感じでうつ状態だった。今日、いよいよパートナーとお別れになるのかと実感した途端、体から力が抜けてきた。いわゆる濡れ落ち葉状態だ。こんな、状態なのでパートナーにしてみれば、いいタイミングだったと思う。私自身、これ以上引き止めておく理由も実力もなかった。
これまで私が曲がりなりにも元気でいられることができたのは、パートナーのおかげだった。それが、今日の別れでよくわかった。この1月は、特にいい話も無いのに元気だったのは、またパートナーとやれるかもしれない、と張り切っていたからだった。
これからが心配だというのは、私自身についてだろう。やる気がすべての私なのだから、やる気が無くなるとすべては停止してしまう。ゼロからやり直すと言葉では言ってみるものの、現実には相当時間がかかりそうだ。東京も撤退となるかもしれない。
そのつもりはないのだが、仕事を与えられないということならば、田舎に帰ってまた力仕事ということも考えなければならない。原発のこともあるのでまだまだ首都圏でがんばらないといけないと思っているが、仕事があればこそだろう。せめて、今の世代に何かを残して行きたいというのは日頃の思いだ。
さすがに、今夜は食欲も無い。
原因はいろいろあるが、最後の2年間あたりが特に問題があったかもしれない。私が問題があると思っているにもかかわらず、先方のことだからと放置したのだった。そのうち、部署そのものが無くなり、私たちもお払い箱ということだ。
我が社の問題としては、私がもっと先を見通して仕事をやっていなかったということ。忙しさにかまけてあいまいにしていたのは事実だ。その点が今になって悔やまれる。
パートナーとやってきた約12年間というもの、いろんなことがあった。パートナーと2度の別れがあった。一度は心ならずも病気で、二度目は私の姿勢で。二度目は私が改心して引き戻した形だが、結局、仕事の体勢が整うこともなく自爆してしまった。
なかなか地道な仕事なので分業したり、いろんな工夫が必要だった。私は、ともかく自分が集中することだけしかやらなかったように思う。これが二度目の別れをもたらした原因なのではないかと今では思っている。当時は、何で?と思っていた。
この2年間というもの私自身も集中できるわけでもなく中途半端な仕事に終始したと思う。最後に請け負った難しい仕事がこの春に終わったが、これが事実上最後の仕事だったように思う。
もちろん、私もパートナーは今、何を考えているのか関心が無いわけがない。しかし、それを口にすることもできないほどに心は離れていたかもしれない。いよいよ終わりとなったこの2ヶ月の間は、元のように心は通っていたように思う。
1月前、私はイライラしていた。もうやる気が無くなる感じでうつ状態だった。今日、いよいよパートナーとお別れになるのかと実感した途端、体から力が抜けてきた。いわゆる濡れ落ち葉状態だ。こんな、状態なのでパートナーにしてみれば、いいタイミングだったと思う。私自身、これ以上引き止めておく理由も実力もなかった。
これまで私が曲がりなりにも元気でいられることができたのは、パートナーのおかげだった。それが、今日の別れでよくわかった。この1月は、特にいい話も無いのに元気だったのは、またパートナーとやれるかもしれない、と張り切っていたからだった。
これからが心配だというのは、私自身についてだろう。やる気がすべての私なのだから、やる気が無くなるとすべては停止してしまう。ゼロからやり直すと言葉では言ってみるものの、現実には相当時間がかかりそうだ。東京も撤退となるかもしれない。
そのつもりはないのだが、仕事を与えられないということならば、田舎に帰ってまた力仕事ということも考えなければならない。原発のこともあるのでまだまだ首都圏でがんばらないといけないと思っているが、仕事があればこそだろう。せめて、今の世代に何かを残して行きたいというのは日頃の思いだ。
さすがに、今夜は食欲も無い。
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