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京都時代を最近、よく思い出す。あの頃は、とにかくやる気はあるのだが、手に職はなく、行くところが無いという状態だ。仕方なく誰でもできる仕事を転々とした。大体は、やる気が無くなったところで終わるという感じだ。職を失ったところで、次はどうしょうという日々だった。親のすねかじりもしていたから、完全に飯が食えないということはなかったが、それなりに危機感はあった。
それにしても、手に職がないのだから、バイトしかないのだろうなというあきらめ感はあった。仕事をしながら勉強させてくれるという仕事はよほどの幸運でもない限り見つけることはできない。京都時代、本屋の仕事くらいしかやったことがなかったのだから、厳しい。
だが、今はどうか。仲間もいて、多少なりとはいえ、技も身につけた。確かに負けた感じはしないのだが、現実に仕事を失いつつある。これは、私の想像でしかないのだが、先方は仕事そのものをやめたいらしい。いや、あえて言うならば、儲かることだけをやりたいのだろう。私たちがやってきた仕事は役に立つ仕事ではあるが、あまり儲からない宿命なのだ。
私は、もちろん現状に満足しているわけではなく、次々と提案を出しては無視されている。やる気が無い以上、何を出しても無駄なのだろう。極端な話、もう担当者が判断できるレベルではなく、最高経営責任者がやるか、やめるかを決める段階ではないかと思っている。むしろ、そうしたいのだが、なかなかCEOと話すチャンスなどない。
日々の生活の中で思うことは、わからないことは多いということ。いくら歳をとろうとも、目の前のことしか理解できないものだ。だから、知識を簡単に手に入れることができるようデータを作りたい。私の仕事はそういうことだと思っている。あえて、勉強したいと思う人は少なく、どうしてもそれを製品化しても売れるもんではない。家庭用の医学書でもそうだ。いくつかあるにはあるが、苦戦していることだろう。
私がやりたいのは、もっと売れないことだから、余計に商売にもならない。ただ、どうだろうか。このまま無知のまま、我々は生きられるだろうか。どこかで無理にでも勉強しなければならない時があるのではないか。その時に必要になるのは、本だろうが、ただの本だと今まで以上のことはできない。ちょっとしたキーワードで必要なデータを探し出せる仕組みが欲しい。それこそが私たちがやって来た仕事なのだった。
冷静に考えれば、いかに作るかであって、やるやらないの話ではないことがわかる。その判断をいつしてくれるのか、未だ様子を見ているところだ。今日は、とりあえず、ハードのメンテナンスのみの仕事を依頼された。肝心の仕事の方はまだだ。もちろん、そちらの方がメインだ。私の提案も出してみたが、どうだろうか。あまりやりたくはないのだから、何を出されても同じと言えば同じなのだろうが。
もちろん、私としては学問だけにとらわれることなく、芸術にも進出したいくらいなのだ。ちょっと考えただけでも私の一生では終わらないくらいの仕事がある。私は最初からそのように考えていたのだが、そう思わない連中がいるので困っているわけだ。今は、ただじっと待つ心境なのだが、もちろん、このままで終わらせるわけがない。動く時には一気に動くつもりだ。
ハードの仕事もソフトの仕事もしたい。それが、今の思いだ。
それにしても、手に職がないのだから、バイトしかないのだろうなというあきらめ感はあった。仕事をしながら勉強させてくれるという仕事はよほどの幸運でもない限り見つけることはできない。京都時代、本屋の仕事くらいしかやったことがなかったのだから、厳しい。
だが、今はどうか。仲間もいて、多少なりとはいえ、技も身につけた。確かに負けた感じはしないのだが、現実に仕事を失いつつある。これは、私の想像でしかないのだが、先方は仕事そのものをやめたいらしい。いや、あえて言うならば、儲かることだけをやりたいのだろう。私たちがやってきた仕事は役に立つ仕事ではあるが、あまり儲からない宿命なのだ。
私は、もちろん現状に満足しているわけではなく、次々と提案を出しては無視されている。やる気が無い以上、何を出しても無駄なのだろう。極端な話、もう担当者が判断できるレベルではなく、最高経営責任者がやるか、やめるかを決める段階ではないかと思っている。むしろ、そうしたいのだが、なかなかCEOと話すチャンスなどない。
日々の生活の中で思うことは、わからないことは多いということ。いくら歳をとろうとも、目の前のことしか理解できないものだ。だから、知識を簡単に手に入れることができるようデータを作りたい。私の仕事はそういうことだと思っている。あえて、勉強したいと思う人は少なく、どうしてもそれを製品化しても売れるもんではない。家庭用の医学書でもそうだ。いくつかあるにはあるが、苦戦していることだろう。
私がやりたいのは、もっと売れないことだから、余計に商売にもならない。ただ、どうだろうか。このまま無知のまま、我々は生きられるだろうか。どこかで無理にでも勉強しなければならない時があるのではないか。その時に必要になるのは、本だろうが、ただの本だと今まで以上のことはできない。ちょっとしたキーワードで必要なデータを探し出せる仕組みが欲しい。それこそが私たちがやって来た仕事なのだった。
冷静に考えれば、いかに作るかであって、やるやらないの話ではないことがわかる。その判断をいつしてくれるのか、未だ様子を見ているところだ。今日は、とりあえず、ハードのメンテナンスのみの仕事を依頼された。肝心の仕事の方はまだだ。もちろん、そちらの方がメインだ。私の提案も出してみたが、どうだろうか。あまりやりたくはないのだから、何を出されても同じと言えば同じなのだろうが。
もちろん、私としては学問だけにとらわれることなく、芸術にも進出したいくらいなのだ。ちょっと考えただけでも私の一生では終わらないくらいの仕事がある。私は最初からそのように考えていたのだが、そう思わない連中がいるので困っているわけだ。今は、ただじっと待つ心境なのだが、もちろん、このままで終わらせるわけがない。動く時には一気に動くつもりだ。
ハードの仕事もソフトの仕事もしたい。それが、今の思いだ。
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