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今日、51歳になった。思えば困難なこれまでだったが、ほとんどが「自業自得」とも言えるので図らずも「自主的な」人生だったかもしれない。去年の今日、お袋が印象的なメールを送ってきたのを思い出す。50年前、私を産んだわけだが50年も生きているのが不思議な気がするというのだ。事故や病気であっという間に死んでいく人も多い中でとりあえず生きているという事実は重いのだ。

私にも2歳になる前に事故死の可能性もあった。水死だった。しかし、お袋が発見し、祖父が救出するという奇跡が起こり私は死なずにすんだ。食い意地がはっていて、食べ物を口にいっぱいくわえていたことが幸いしてほとんど水を飲んでいなかったのだそうだ。救出されて医者が来る頃には起きあがって遊んでいたそうだ。

大学受験をめぐって、私は自分で人生を終わらせるのではないかというピンチも味わった。これも自業自得のなせる業だが、私には納得できない出来事だった。こんなにも勉強が好きで能力があると信じている私が大学に行けないなどあり得ないことだった。そのため、私が立ち直るのに何年費やしたことか。ことによると今でも完全には立ち直れていないかもしれない。

今でも大学へ行って勉強したいという思いはあるのだが、さすがに昔とは環境が違うのでインターネットを使った講義でもいいと思っている。各大学が、普通に、誰でもが受講できるようUst中継をしたらいいだけのことだ。国立の大学ならなおさらのことだ。私は、そういうインフラを整えるだけでもいいと思っている。これから勉強するのもいいのだが、時間的に間に合わないということも考えてだ。

やはり、この国の危機だと思える医学とかエネルギー問題とか環境問題とかに貢献できるような勉強がしたい。宇宙に関する研究もいいのだが、今を生きる人がなるほどこれなら必要だと思えるような研究をしたい。宇宙を観察しつつ、その成果を逐一レポートするような作業もいいだろう。

私が自分で人生を終わらせることを思いとどまったのは、一人の歌手との出会いが大きい。我が永井龍雲だ。そして、彼がうたってくれた「流れよ」という歌は、30年前の私をものすごく勇気づけてくれた。「流れよ 流れよ 僕に教えてくれないか 流れの果てには何が見えるのか」と繰り返すのみなのだが、まさにその問いこそが私の悩みだったのだ。悩みを実況中継することで生きる意味を見いだしたとも言える。

私の父はわずか60でこの世を去ってしまった。あと9年だ。私の体は、あと9年もつのだろうか。特にどこかが病気ということはないのだが、肝臓と気管支に爆弾をかかえているだけに、そう簡単ではなさそうだ。用心しつつ、どこまで行けるかというところか。我が龍雲とともに生きれば、この先も精神的にまいるということは無いと思うが、そちらの手当てについても心がけたいものだ。

できれば、この先の人生は何かを生み出す作業に専念したいのだが、自分の足場を作るのがせいいっぱいの人生かもしれない。しかし、どこまでも夢を追う作業は続けたいと思っている。自分の夢こそ生き甲斐だし、生きるための原動力となるのだから。
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