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私は、お金が欲しいから働いているわけではない。本音の部分でそう言える。生活費と研究費があればほぼ満足だ。ゲームとかおもちゃは、必ずしも必要ではない。カメラのレンズを買う金があれば、うれしいと思うくらいだが、無いと死ぬという程ではない。
なぜ働いているのかといえば、人を喜ばせたいと思うからだ。自分もこれまで生きてきてずいぶんと喜ばせてもらったと思う。今ではコンピュータがおもちゃ代わりだが、初めて接した時には驚き、うれしかったものだ。インターネットに初めて接続した時も感動があった。私も、こうやって人を感動させてみたいと思ったものだった。
今の仕事も人に知識をもたらすことにつながると思っているが、まだまだ当初の思いからすると遠いと思っている。私がある会社に提案したことと言えば、雑誌を丸ごとCD-ROM化しないかというものだった。著作権とかでがんじがらめになっているだけに、さすがにこれは即座に却下されたものだ。
現在では、雑誌は無理にしてもインターネットで誰もが利用できる、ということにこだわっている。誰もが利用できるということは、タダとなり、利益が期待できないということになりがちなのだが、そこで知恵が必要なわけだ。かのホリエモン氏は、テレビ番組をタダで流し、広告を入れればいいのだけのことでしょ、と豪語していたと記憶している。実際、このようなモデルは、Gyaoで既に存在するのだが、どうなのだろうか。
見せるコンテンツがどんどん増えて広がる一方なので、どうしても「期間限定」なのが気になる。見ようと思っていたものがいつの間にか見られなくなっていることもよくあるわけだ。これでは、少々つまらないと思える。見たいものは、いつでもどこでも見たいと思うからだ。
それから、私個人の例で言えば、タダも有料制もあまり利用しないということだ。Gyaoが本当にうれしいものならば常に見るのだが、あまり見ない。本当に見たいもの、欲しい情報は、そこには無いと思うからだろうか。かといって有料制のサイトに積極的に加入したいとも思わない。そこにもまた、欲しい情報は無いと思うからだ。本当に欲しいものは、ネットを利用しないでパッケージ(DVD-BOX)を購入してしまう。私のようなものは少数派なのかもしれないのだが、ネットで音楽をダウンロード、ネットで漫画をダウンロードという発想にはついて行けない。
それは、実体が無い商売だからだ。確かにデータは残るのだがMP3はともかく書籍や漫画のデータ形式はメーカー主導だ。こういう規格はロクなことにならない(儲からないとメーカーが判断すれば、ユーザーは切り捨てられる)というのが経験則だ。ニンテンドーDSも独自規格だが、自社のハードではわずかながら互換性を残しているし、カード(DSの場合)やROM(Wiiの場合)という実体がある。この違いは大きいのではないか。
しかも、普通に考えるとデータというのは仕掛品だ。これを一般の消費者にぶつけるのは手抜きのそしりをまぬかれないのではないか。ネットでのデータ販売がぱっとしないのはその辺に問題がありと私は見ている。
コンピュータ、OS、媒体のどれもがいつでも、どこでも、誰でもがネットを利用できる環境としてはまだまだ役不足だ。これを再構築したものが、恐らくはインターネットを支配できる。たぶん、それは特定の団体や個人ではない。インターネットに参加する個々人だ。個々人が納得して支持しないことには広まることは無いからだ。
一人残らず、「うれしい」と思うようなことは難しいが、多くの人がうれしいと思うことをインターネットで実現したい。それが、今後の私の目標だ。今の仕事の延長になると思うが、ことによると私の一生でも仕事は終わらないかもしれない。
なぜ働いているのかといえば、人を喜ばせたいと思うからだ。自分もこれまで生きてきてずいぶんと喜ばせてもらったと思う。今ではコンピュータがおもちゃ代わりだが、初めて接した時には驚き、うれしかったものだ。インターネットに初めて接続した時も感動があった。私も、こうやって人を感動させてみたいと思ったものだった。
今の仕事も人に知識をもたらすことにつながると思っているが、まだまだ当初の思いからすると遠いと思っている。私がある会社に提案したことと言えば、雑誌を丸ごとCD-ROM化しないかというものだった。著作権とかでがんじがらめになっているだけに、さすがにこれは即座に却下されたものだ。
現在では、雑誌は無理にしてもインターネットで誰もが利用できる、ということにこだわっている。誰もが利用できるということは、タダとなり、利益が期待できないということになりがちなのだが、そこで知恵が必要なわけだ。かのホリエモン氏は、テレビ番組をタダで流し、広告を入れればいいのだけのことでしょ、と豪語していたと記憶している。実際、このようなモデルは、Gyaoで既に存在するのだが、どうなのだろうか。
見せるコンテンツがどんどん増えて広がる一方なので、どうしても「期間限定」なのが気になる。見ようと思っていたものがいつの間にか見られなくなっていることもよくあるわけだ。これでは、少々つまらないと思える。見たいものは、いつでもどこでも見たいと思うからだ。
それから、私個人の例で言えば、タダも有料制もあまり利用しないということだ。Gyaoが本当にうれしいものならば常に見るのだが、あまり見ない。本当に見たいもの、欲しい情報は、そこには無いと思うからだろうか。かといって有料制のサイトに積極的に加入したいとも思わない。そこにもまた、欲しい情報は無いと思うからだ。本当に欲しいものは、ネットを利用しないでパッケージ(DVD-BOX)を購入してしまう。私のようなものは少数派なのかもしれないのだが、ネットで音楽をダウンロード、ネットで漫画をダウンロードという発想にはついて行けない。
それは、実体が無い商売だからだ。確かにデータは残るのだがMP3はともかく書籍や漫画のデータ形式はメーカー主導だ。こういう規格はロクなことにならない(儲からないとメーカーが判断すれば、ユーザーは切り捨てられる)というのが経験則だ。ニンテンドーDSも独自規格だが、自社のハードではわずかながら互換性を残しているし、カード(DSの場合)やROM(Wiiの場合)という実体がある。この違いは大きいのではないか。
しかも、普通に考えるとデータというのは仕掛品だ。これを一般の消費者にぶつけるのは手抜きのそしりをまぬかれないのではないか。ネットでのデータ販売がぱっとしないのはその辺に問題がありと私は見ている。
コンピュータ、OS、媒体のどれもがいつでも、どこでも、誰でもがネットを利用できる環境としてはまだまだ役不足だ。これを再構築したものが、恐らくはインターネットを支配できる。たぶん、それは特定の団体や個人ではない。インターネットに参加する個々人だ。個々人が納得して支持しないことには広まることは無いからだ。
一人残らず、「うれしい」と思うようなことは難しいが、多くの人がうれしいと思うことをインターネットで実現したい。それが、今後の私の目標だ。今の仕事の延長になると思うが、ことによると私の一生でも仕事は終わらないかもしれない。
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