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仕事のつきあいで講義を依頼されてしまった。「講義」といっても私が何か話のネタを用意して1時間とか一方的に話すということではない。とにかく、今の仕事をやって行く上での指針のようなものが知りたい様子だった。質問に答えるというイメージでいるのだが、実際はどうなることやら。
実は、その依頼は月曜日にあった。私の頭は自動的に、我が社が新人を育てていた時代を振り返っていた。当時は、私もそれなりに真剣で必死だった。忙しいにもかかわらず、新人の教育のようなこともやっていたのだ。しかし、それはほんの1年で崩壊してしまい、新人も辞めていった。いろいろあるのだが、決定的なのは私の「暗さ」によるものではないかと思っている。
私のイライラ感がまず、私の母親の体調を崩し、周りの社員に広がっていき、自分にも跳ね返った。おろかな私は、コンスタンという抗不安薬に手を出し、その後、1年以上も離脱症状に苦しむことになる。原因があって結果がある、という己の日頃の主張も忘れ、目先のイライラだけを薬で消そうとしたのだ。こういう行為がいい結果をもたらすはずがないのだった。
私が、自らのおろかな行為を反省し、悔い改めたのはつい最近のことだった。つまり、仕事というのはそもそも厳しいもので努力がないと続かないものだ。それは、その通りなのだが、やり方によっていかようにも化けさせることは可能だ。それは、自分がたどって来た歩みを見ればすぐにわかることだ。私は決して血のにじむような努力をして来たわけではなかった。楽しかったからここまでやってこれたのであった。
さっき、「講義」ならぬ質疑応答をして帰ってきた。率直な感想としては、どんな仕事なのかとりあえずイメージできるように聞いてみたいということのようだった。私のこの十数年の経験も興味津々の様子で聞いてくれていた。ただ、この人たちは、本気でやるかどうかはさすがにわからなかった。実際に自分の手でデータを動かしてみたり、困難さに直面しないとなんとも言えないということだろう。行動しようかと思ったのは、社長からの直接の指示だそうだ。
リーダーが率先して難しいことに挑戦したり、楽しい雰囲気を作ったりして行かなければならない、と私の失敗をもとに話をした。本来は楽しいはずの仕事なのに、面倒な内容がたまってくるとたちまちしんどくなる。そういう時にリーダーが「放任」を決め込むと組織はギクシャクし始める。私が昔いた会社でもそうだった。わからないことだらけで突き放されると必ず破綻に向かう。
会社に余裕があれば、人的な手当ても、物的な手当てもあるだろう。件の会社はどうなのかと言えば、そんなに余裕は無いように思えた。誰か、中心になる人を育ててその人に教えてもらうようにして行けば、と水を向けても尻込みする用心深さだ。私の経験でも、そういうやり方がうまく行ったという思いがあるからなのだが。
現実には、労務管理や給与体系、勤務体系、仕事の風土などがネックになり、「見送り」となるのではないだろうか。しかし、その予測が誤り、もっと教えて欲しいとなれば私は本気で教えてもいいと思っている。いずれは「仲間」になる人たちだろうから当然だろう。一円にもならないボランティアだが、そこも思案のしどころだろう。大きく育てることができれば、やがてはこちらが助けられることもあるだろうから。
これまで私は、何ヶ月も悩むような困難に何回かぶち当たったことがある。そいう時に出会ったネット上の「良回答」には本当に助けられたし、宝物を見つけたような喜びがあった。残念ながら、書籍にはそういう役割を期待できなくなった。出版というよりも、今必要な知識に対する書き手が不足しているのではないかと思う。
今回、講義をしてきた会社も試行錯誤の中でともかく始めたい、きっかけとなるものを見つけたいという思いがあり、私をターゲットとしたのだろうと思う。その思いがまじめである限り私は無償で協力して行こうと思っている。かつて、私がネットで教えを請うた時のように。
実は、その依頼は月曜日にあった。私の頭は自動的に、我が社が新人を育てていた時代を振り返っていた。当時は、私もそれなりに真剣で必死だった。忙しいにもかかわらず、新人の教育のようなこともやっていたのだ。しかし、それはほんの1年で崩壊してしまい、新人も辞めていった。いろいろあるのだが、決定的なのは私の「暗さ」によるものではないかと思っている。
私のイライラ感がまず、私の母親の体調を崩し、周りの社員に広がっていき、自分にも跳ね返った。おろかな私は、コンスタンという抗不安薬に手を出し、その後、1年以上も離脱症状に苦しむことになる。原因があって結果がある、という己の日頃の主張も忘れ、目先のイライラだけを薬で消そうとしたのだ。こういう行為がいい結果をもたらすはずがないのだった。
私が、自らのおろかな行為を反省し、悔い改めたのはつい最近のことだった。つまり、仕事というのはそもそも厳しいもので努力がないと続かないものだ。それは、その通りなのだが、やり方によっていかようにも化けさせることは可能だ。それは、自分がたどって来た歩みを見ればすぐにわかることだ。私は決して血のにじむような努力をして来たわけではなかった。楽しかったからここまでやってこれたのであった。
さっき、「講義」ならぬ質疑応答をして帰ってきた。率直な感想としては、どんな仕事なのかとりあえずイメージできるように聞いてみたいということのようだった。私のこの十数年の経験も興味津々の様子で聞いてくれていた。ただ、この人たちは、本気でやるかどうかはさすがにわからなかった。実際に自分の手でデータを動かしてみたり、困難さに直面しないとなんとも言えないということだろう。行動しようかと思ったのは、社長からの直接の指示だそうだ。
リーダーが率先して難しいことに挑戦したり、楽しい雰囲気を作ったりして行かなければならない、と私の失敗をもとに話をした。本来は楽しいはずの仕事なのに、面倒な内容がたまってくるとたちまちしんどくなる。そういう時にリーダーが「放任」を決め込むと組織はギクシャクし始める。私が昔いた会社でもそうだった。わからないことだらけで突き放されると必ず破綻に向かう。
会社に余裕があれば、人的な手当ても、物的な手当てもあるだろう。件の会社はどうなのかと言えば、そんなに余裕は無いように思えた。誰か、中心になる人を育ててその人に教えてもらうようにして行けば、と水を向けても尻込みする用心深さだ。私の経験でも、そういうやり方がうまく行ったという思いがあるからなのだが。
現実には、労務管理や給与体系、勤務体系、仕事の風土などがネックになり、「見送り」となるのではないだろうか。しかし、その予測が誤り、もっと教えて欲しいとなれば私は本気で教えてもいいと思っている。いずれは「仲間」になる人たちだろうから当然だろう。一円にもならないボランティアだが、そこも思案のしどころだろう。大きく育てることができれば、やがてはこちらが助けられることもあるだろうから。
これまで私は、何ヶ月も悩むような困難に何回かぶち当たったことがある。そいう時に出会ったネット上の「良回答」には本当に助けられたし、宝物を見つけたような喜びがあった。残念ながら、書籍にはそういう役割を期待できなくなった。出版というよりも、今必要な知識に対する書き手が不足しているのではないかと思う。
今回、講義をしてきた会社も試行錯誤の中でともかく始めたい、きっかけとなるものを見つけたいという思いがあり、私をターゲットとしたのだろうと思う。その思いがまじめである限り私は無償で協力して行こうと思っている。かつて、私がネットで教えを請うた時のように。
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