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私がわりとしつこく、「うつ」のことについて書くのは、私自身が「うつ」的な性格であり、パニックの経験者でもあるからだ。もっと理解してあわてるようなことの無いようにという思いからだ。そして、それが他人の役に立てばそれにこしたことはないと思う。
熱心なあまりに時折、敏感で傷つきやすい人々を傷つけてしまうこともあることを知っているが、これはその都度、謝るしかないと思っている。私に、弱っている人を傷つけたり、いじめたり、ましてや攻撃したりする意志は無いし、そうする動機も無いからだ。トラブルの原因のすべては、私の舌足らずな説明にあると思っている。
書いていて、やはり、足らないと思うのは医学的な知識なのだが、これは精神科医とて同じ事だろうと思う。今の精神科医の「治療」とは、SSRIや抗不安薬、睡眠薬をやたら処方することが治療のようになっている。その彼らが、薬は危険だと唱えたらどうなるだろう。おいしい精神科医の仕事は廃業しなければならなくなる。絶妙なバランスをとり、良心的な医療をほどこしてくれている医者も中にはいるそうだが、ほとんどは自身も薬を飲んでいるのではないかと思われるような連中だ。離脱作用が出ないように薬を止める的確な手段と臨床経験を持っている医者は数えるほどしかいないだろう。
これを思うとき、薬を止めるべきだと書くことがいかに無意味なことかを思い知るのだ。あくまでも、自己責任、命懸けでないとできないことを「やれ」と言っているわけだから。私としては、一人でも薬を頼らない精神科医が出てくることを祈るばかりだ。溝口さんなどは、その中で重要な役割をしてくれる医者だと思う。
また、薬も止めた、仕事も再開した、しかし、それでもなお、うつうつとした気分になるのはなぜ?という人々もいることだろう。確かにそういう人たちに私の文章は冷たすぎるだろう。私の言い分ときたら、「私ならこうやる」式の一方的な論理でしかないからだ。
うつという状態は、その性格上、まじめな人しかならない。いい加減な人にはうつは無縁なのだ。研究者ならば、研究一筋で遊びさえ知らない人も多いことだろう。普通の会社員でもただ、ひたすらまじめに生きている人が大半だろうと思う。まじめ過ぎることが心を病む方向に追いやっていることに間違いはないのだ。
だから、あれをやってみては?これをやってみては?という具体的な方法論ばかりが出てくるというわけだ。残念なことに、そういう一方的な具体論は、ほとんど役に立たない。まじめな人々には、まじめな処方箋というものがあるようなのだ。これは、からかって言っているのではなくて大まじめな議論だ。私としては、それは何かを知りたいのだが、まだそこまで到達していないということだ。
私のようなのんびり人間は、娯楽とか遊びと縁が無いという時期を知らない。子供の頃から楽しいことしかしなかったし、できなかった。勉強でも基本的に、好きなことしかしないので受験には対応できなかった。大人になって仕事を始めても、基本は同じで好きなことが見つかるまで転職の繰り返しだった。従って、現在の仕事=楽しいことでなければ成り立たないわけだ。
ただ、それも、ずいぶん前のことで、今はさすがにもっと楽しいことは無いのかと思い始めている。私は、仕事とはつらいものという考えにはついて行けないのだ。何とか仕事を楽しくしたいといつも思っているし、できないことではないと思っている。そういう意味で、今が苦しい人々にもいろんな「しかけ」を用意して楽しくなってもらおうと思っているわけだ。
最近、実感するのは、やはり仕事でも難しいことやっかいなことに挑戦することがなければ段々とやる気がなくなるのだなということ。問題は、精神的に弱った人、肉体的にも弱った人に何をどう挑戦しろと言うのかということ。そこに思い至る時、私のような単純思考ではとても太刀打ちできる問題ではないことに気がつくのだった。
昼間、偶然、「飛び出せ!青春」の映画版をケーブルテレビでやっていたのを見たのだが、30年前はこれは現実だったのだろうなというほど輝きに満ちた内容だった。「若者らしく怒れ!」と主人公は言うのだった。私は、こういうドラマを見て育った。いつも熱い思いで生きてきた。受験もその「のり」で行こうとしたために大やけどをおったのだった。受験は、根性だけでは何ともならない現実があったのだ。
同じように、「がんばろう!」というかけ声でがんばれない人の存在も認めなければならないのだ。むろん、私の中にも弱い部分はある。決してがんばれない人々を他人事のように言うつもりはない。十分に共感できるものがあるのだ。だからこそ、しつこく書いているのだ。そのような私だから何とか力になれるのではないかということだ。
私が30になるまでずいぶんと苦しかったのは、やる気満々にもかかわらず、仕事が無かったからだ。手に職が無いのだから当然という理屈もあるのだが、本当にやる気のある企業は、やる気のある人間は雇うものだ。企業の中にそもそもやる気が無かったのではないかと思っている。今は、仕事もあるし、それこそとびっきり難しい仕事も無いわけではない。こうなると私の出番がしょっちゅうあるということになる。仕事とは技術どうこうではなく、やる気が有るか無いかだと私が思うのも無理はない。現に私は、やる気だけで生きてきたのだから。
そうではなく、誰にでもわかる、できるやる気の出し方、を示せればおそらく地球上のすべての人間を救えるのではないか。ただ、それを私が言うのもどうかと思うのだが。ブッダが既に示しているわけだから。仕事場で、インターネットのブログでどんどん発信はするのだが、少々、気恥ずかしいことだ。私の場合はついつい、きつい書き方になってしまう傾向もある。基本は、私がやってきたように好きなことをやって生きるというのでいいのではないかと思う。ドラマのようにうまくは行かないが、「怒り」を別のものに変える手段は、いくらでもある。悲しみをも変える手段は、いくらでもある。暇を喜び、トラブルを楽しめとはスマナサーラ長老の言葉なのだが、これなども私は非常に参考になった。
コンピュータを扱っていると、常にトラブルに巻き込まれる。初心者は、これに巻き込まれたくないために、冒険をしようとしない。エラーを出そうとしない。しかし、コンピュータの上達とは、エラーを出してなんぼなのだ。「正常終了」の間は、まだまだと思わなければならない。人生でも同じようなことが言えるのではないだろうか。
熱心なあまりに時折、敏感で傷つきやすい人々を傷つけてしまうこともあることを知っているが、これはその都度、謝るしかないと思っている。私に、弱っている人を傷つけたり、いじめたり、ましてや攻撃したりする意志は無いし、そうする動機も無いからだ。トラブルの原因のすべては、私の舌足らずな説明にあると思っている。
書いていて、やはり、足らないと思うのは医学的な知識なのだが、これは精神科医とて同じ事だろうと思う。今の精神科医の「治療」とは、SSRIや抗不安薬、睡眠薬をやたら処方することが治療のようになっている。その彼らが、薬は危険だと唱えたらどうなるだろう。おいしい精神科医の仕事は廃業しなければならなくなる。絶妙なバランスをとり、良心的な医療をほどこしてくれている医者も中にはいるそうだが、ほとんどは自身も薬を飲んでいるのではないかと思われるような連中だ。離脱作用が出ないように薬を止める的確な手段と臨床経験を持っている医者は数えるほどしかいないだろう。
これを思うとき、薬を止めるべきだと書くことがいかに無意味なことかを思い知るのだ。あくまでも、自己責任、命懸けでないとできないことを「やれ」と言っているわけだから。私としては、一人でも薬を頼らない精神科医が出てくることを祈るばかりだ。溝口さんなどは、その中で重要な役割をしてくれる医者だと思う。
また、薬も止めた、仕事も再開した、しかし、それでもなお、うつうつとした気分になるのはなぜ?という人々もいることだろう。確かにそういう人たちに私の文章は冷たすぎるだろう。私の言い分ときたら、「私ならこうやる」式の一方的な論理でしかないからだ。
うつという状態は、その性格上、まじめな人しかならない。いい加減な人にはうつは無縁なのだ。研究者ならば、研究一筋で遊びさえ知らない人も多いことだろう。普通の会社員でもただ、ひたすらまじめに生きている人が大半だろうと思う。まじめ過ぎることが心を病む方向に追いやっていることに間違いはないのだ。
だから、あれをやってみては?これをやってみては?という具体的な方法論ばかりが出てくるというわけだ。残念なことに、そういう一方的な具体論は、ほとんど役に立たない。まじめな人々には、まじめな処方箋というものがあるようなのだ。これは、からかって言っているのではなくて大まじめな議論だ。私としては、それは何かを知りたいのだが、まだそこまで到達していないということだ。
私のようなのんびり人間は、娯楽とか遊びと縁が無いという時期を知らない。子供の頃から楽しいことしかしなかったし、できなかった。勉強でも基本的に、好きなことしかしないので受験には対応できなかった。大人になって仕事を始めても、基本は同じで好きなことが見つかるまで転職の繰り返しだった。従って、現在の仕事=楽しいことでなければ成り立たないわけだ。
ただ、それも、ずいぶん前のことで、今はさすがにもっと楽しいことは無いのかと思い始めている。私は、仕事とはつらいものという考えにはついて行けないのだ。何とか仕事を楽しくしたいといつも思っているし、できないことではないと思っている。そういう意味で、今が苦しい人々にもいろんな「しかけ」を用意して楽しくなってもらおうと思っているわけだ。
最近、実感するのは、やはり仕事でも難しいことやっかいなことに挑戦することがなければ段々とやる気がなくなるのだなということ。問題は、精神的に弱った人、肉体的にも弱った人に何をどう挑戦しろと言うのかということ。そこに思い至る時、私のような単純思考ではとても太刀打ちできる問題ではないことに気がつくのだった。
昼間、偶然、「飛び出せ!青春」の映画版をケーブルテレビでやっていたのを見たのだが、30年前はこれは現実だったのだろうなというほど輝きに満ちた内容だった。「若者らしく怒れ!」と主人公は言うのだった。私は、こういうドラマを見て育った。いつも熱い思いで生きてきた。受験もその「のり」で行こうとしたために大やけどをおったのだった。受験は、根性だけでは何ともならない現実があったのだ。
同じように、「がんばろう!」というかけ声でがんばれない人の存在も認めなければならないのだ。むろん、私の中にも弱い部分はある。決してがんばれない人々を他人事のように言うつもりはない。十分に共感できるものがあるのだ。だからこそ、しつこく書いているのだ。そのような私だから何とか力になれるのではないかということだ。
私が30になるまでずいぶんと苦しかったのは、やる気満々にもかかわらず、仕事が無かったからだ。手に職が無いのだから当然という理屈もあるのだが、本当にやる気のある企業は、やる気のある人間は雇うものだ。企業の中にそもそもやる気が無かったのではないかと思っている。今は、仕事もあるし、それこそとびっきり難しい仕事も無いわけではない。こうなると私の出番がしょっちゅうあるということになる。仕事とは技術どうこうではなく、やる気が有るか無いかだと私が思うのも無理はない。現に私は、やる気だけで生きてきたのだから。
そうではなく、誰にでもわかる、できるやる気の出し方、を示せればおそらく地球上のすべての人間を救えるのではないか。ただ、それを私が言うのもどうかと思うのだが。ブッダが既に示しているわけだから。仕事場で、インターネットのブログでどんどん発信はするのだが、少々、気恥ずかしいことだ。私の場合はついつい、きつい書き方になってしまう傾向もある。基本は、私がやってきたように好きなことをやって生きるというのでいいのではないかと思う。ドラマのようにうまくは行かないが、「怒り」を別のものに変える手段は、いくらでもある。悲しみをも変える手段は、いくらでもある。暇を喜び、トラブルを楽しめとはスマナサーラ長老の言葉なのだが、これなども私は非常に参考になった。
コンピュータを扱っていると、常にトラブルに巻き込まれる。初心者は、これに巻き込まれたくないために、冒険をしようとしない。エラーを出そうとしない。しかし、コンピュータの上達とは、エラーを出してなんぼなのだ。「正常終了」の間は、まだまだと思わなければならない。人生でも同じようなことが言えるのではないだろうか。
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