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21日、今年最後のコンサートへ行ってきた。もちろん、永井龍雲のだ。草月ホールに着くとすぐにファンクラブの代表の方と目が合い、あいさつがてら最近の龍雲の話題で盛り上がった。龍雲は飲み過ぎと栄養のバランスが悪いことで体調が良くないようだ。といっても深刻な状況ではないようだが。
新しいアルバム「祈りの詩」に「酔いどれ」という曲があるのだが、代表の方は、その曲のことを言っていたのだろうか。「私は、『酔いどれ』のような曲は好きではないんです。」と言っていた。龍雲が低空飛行を続ける中でよく書いていた感じのまさに、酔いどれソングだ。私もほとんどは頭に残っていないので好きではないのだと思う。代表の方も「鳥のようなもの」とか「流れよ」が好きだというから私と傾向が似ているのかもしれない。
龍雲はリッチになったとも言われていたのだが、それは有名歌手のようにではなく、「そこそこ」ということだ、ということで意見の一致をみた。ただ、今ひとつヒットに結びつくものが無いのだ。3月のヤクルトホールに翌日の同窓会が楽しかったということで、またやりたいとお互いに言い合った。夏に笛をプレゼントしたのだと言うと、「ああ、あれですか。」と言っていたので楽屋で見たのかもしれない。
ただ、私は晴れやかな舞台とか劇場が苦手で代表の方と話をしている間からどんどんと胃の調子が悪くなるのを感じた。コンサートが始まってもますます調子が悪くなり、顔がほてるほどだった。たぶん、血圧が上がっていたのだと思う。とうとう、初の途中退場と思えたのだが、龍雲の語りと音楽に癒されてしまい、最後まで聴いた。体調が悪いわけではないのだが、私は、やはり自分のスタイルを守らなければならないと感じた。これまでも常に最後列の端で見守ってきたのだ。どうも前の方の席では居心地が悪いのだ。
「祈りの詩」では、数曲、心に響く曲があった。ただ、笛をプレゼントしたくなる程ではなかったことも確かだ。今度のアルバムは、「祈りの詩」という曲にあるように子供を心配する父の叫びだ。その部分が、子供を持ったことのない私の心には響かなかったということかもしれない。もちろん、だから悪いと言うつもりはさらさらない。これまでも龍雲がその時々の想いを歌にしてきたのを私が勝手に入れあげただけのことだった。今回は、全体として響かなかったというだけのことなのだ。可能性という意味ではその方がいいこともあるのではないか。
新しいアルバム「祈りの詩」に「酔いどれ」という曲があるのだが、代表の方は、その曲のことを言っていたのだろうか。「私は、『酔いどれ』のような曲は好きではないんです。」と言っていた。龍雲が低空飛行を続ける中でよく書いていた感じのまさに、酔いどれソングだ。私もほとんどは頭に残っていないので好きではないのだと思う。代表の方も「鳥のようなもの」とか「流れよ」が好きだというから私と傾向が似ているのかもしれない。
龍雲はリッチになったとも言われていたのだが、それは有名歌手のようにではなく、「そこそこ」ということだ、ということで意見の一致をみた。ただ、今ひとつヒットに結びつくものが無いのだ。3月のヤクルトホールに翌日の同窓会が楽しかったということで、またやりたいとお互いに言い合った。夏に笛をプレゼントしたのだと言うと、「ああ、あれですか。」と言っていたので楽屋で見たのかもしれない。
ただ、私は晴れやかな舞台とか劇場が苦手で代表の方と話をしている間からどんどんと胃の調子が悪くなるのを感じた。コンサートが始まってもますます調子が悪くなり、顔がほてるほどだった。たぶん、血圧が上がっていたのだと思う。とうとう、初の途中退場と思えたのだが、龍雲の語りと音楽に癒されてしまい、最後まで聴いた。体調が悪いわけではないのだが、私は、やはり自分のスタイルを守らなければならないと感じた。これまでも常に最後列の端で見守ってきたのだ。どうも前の方の席では居心地が悪いのだ。
「祈りの詩」では、数曲、心に響く曲があった。ただ、笛をプレゼントしたくなる程ではなかったことも確かだ。今度のアルバムは、「祈りの詩」という曲にあるように子供を心配する父の叫びだ。その部分が、子供を持ったことのない私の心には響かなかったということかもしれない。もちろん、だから悪いと言うつもりはさらさらない。これまでも龍雲がその時々の想いを歌にしてきたのを私が勝手に入れあげただけのことだった。今回は、全体として響かなかったというだけのことなのだ。可能性という意味ではその方がいいこともあるのではないか。
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