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この数年間、「辞書」にけっこうな時間を費やしてきた。現在、取り組んでいる仕事も辞書だが、私の未体験領域の言語だ。おもしろいが、一方でプレッシャーもある。
こういう時には、新たな挑戦をするに限る。よって、私は、新たな電子辞書を購入した。数年前、私もパートナーも本当に苦しい状態で仕上げたデータが載っている電子辞書だ。私はまだ、製品を見たことがなかったのだが、ここで初めて見た。理解ができないので評価は先のことになると思うが、使う気にさせるできばえだと思った。見出し語全てではないが、発音もついている。
英語やフランス語の辞書もやってみたいものだ。中国語の勉強をしているとついつい他の言葉もやってみたいという気になってしまうのだ。まともに中国語もできないにもかかわらず。要するに、素人考えで初めてお目にかかる言葉をどうやって理解するかに興味があるということだ。中国語では発音よりもピンインが重要だということを学んだ。
発音付きの電子辞書では、ある程度だがピンインを理解できるのだが、例文の発音は無いので文章としての中国語は、なかなか学ぶことはできない。メモリーの制限があり、ほとんどの電子辞書では、全見出し語に発音を搭載することをしていない。キャノンが唯一、全見出し語に発音をつけているが、どうも発音が濁っているのが惜しい。キャノンは本気ではないようだが、電子辞書の使い勝手ではトップだと思う。カシオやシャープは猛省して欲しい。
私が努力しても仕方ないのだが、電子辞書においてもまだまだやるべきことがあると思う。あくまでもメーカーが改善しないとどうにもならないのだ。メーカーは、見栄えだけ改良しているが中身はほとんど変わっていない。ソニーが出していた電子ブックのようなボロさだ。画像もまともに扱えない。一番がんばっているシャープでさえもまだまだという感じのハードに私たちのデータが載るわけだ。タッチパネルでさえもキャノン以外はまともなものを搭載していないのだ。
辞書というのは、必要な人は限られているかもしれないのだが魅力的だ。知らない言葉をわかるようになるという得点だけでも価値がある。これまで、散々苦しめられて来たのだが、考えようによれば魅力的なデータを扱っていたわけだ。私たちがアイデアを出すこともあるし、データを提供する側が確かな目を持っていることは重要なことだ。
私たちの仕事は、今後も辞書を中心に動くとは思うが、新しい時代に向けて挑戦もしてみたい。コンピュータにプリインストールということも考えなければならないと思う。そこでも、いかに見せるかが重要だ。電子辞書のように見せればいいということではない。いかにわかりやすく、使いやすくということが勝負の分かれ目だ。
私の夢は、辞書を補完するという目的でもいいので、書籍を入れたいということだ。辞書なので必要な時に使われるという要求が生まれるのだが、書籍となるとじっくりと向き合うことになる。そうでなくとも疲れる小さな端末にどうしてそう長くつきあえるのかという課題が残っている。やはり、人がインターネットに向き合うのと同じく、魅力的な情報を発信するものでないとどうにもならないということだ。
現在のお寒いネット事情では無線LANも夢物語だし、バッテリーの持ちの悪さから、ずっと使える端末にはなり得ない。どうしてもコンピュータを使えばいいということに落ち着いてしまう。この点くらいはメーカーが何とか解決して欲しいのだが。
単に書籍を入れるだけでは、おそらくつまらないだろう。その点は、電子辞書があくまでも「辞書」という点を考えなければならない。辞書として使えなければならないということ。しかし、メーカーにその意地があると言えるだろうか。電子辞書が出来た当時のソフトから未だ変更していないというのが現実ではないだろうか。その結果、DSよりもボロいタッチパネルしか使えないのだ。
検索ソフトとタッチパネルの大幅な改良、これがブレイクできるかどうかの分かれ目だろう。それにしてもメーカーに新しい頭脳は育っていないのではないか。私は仕事の関係でいろんな会社の人間の頭脳を考えることがあるのだが、もうじき定年という人は確かに技術を持っているのだが、その次の世代が育っていない気がする。私の夢は、夢に終わるだろうか。
こういう時には、新たな挑戦をするに限る。よって、私は、新たな電子辞書を購入した。数年前、私もパートナーも本当に苦しい状態で仕上げたデータが載っている電子辞書だ。私はまだ、製品を見たことがなかったのだが、ここで初めて見た。理解ができないので評価は先のことになると思うが、使う気にさせるできばえだと思った。見出し語全てではないが、発音もついている。
英語やフランス語の辞書もやってみたいものだ。中国語の勉強をしているとついつい他の言葉もやってみたいという気になってしまうのだ。まともに中国語もできないにもかかわらず。要するに、素人考えで初めてお目にかかる言葉をどうやって理解するかに興味があるということだ。中国語では発音よりもピンインが重要だということを学んだ。
発音付きの電子辞書では、ある程度だがピンインを理解できるのだが、例文の発音は無いので文章としての中国語は、なかなか学ぶことはできない。メモリーの制限があり、ほとんどの電子辞書では、全見出し語に発音を搭載することをしていない。キャノンが唯一、全見出し語に発音をつけているが、どうも発音が濁っているのが惜しい。キャノンは本気ではないようだが、電子辞書の使い勝手ではトップだと思う。カシオやシャープは猛省して欲しい。
私が努力しても仕方ないのだが、電子辞書においてもまだまだやるべきことがあると思う。あくまでもメーカーが改善しないとどうにもならないのだ。メーカーは、見栄えだけ改良しているが中身はほとんど変わっていない。ソニーが出していた電子ブックのようなボロさだ。画像もまともに扱えない。一番がんばっているシャープでさえもまだまだという感じのハードに私たちのデータが載るわけだ。タッチパネルでさえもキャノン以外はまともなものを搭載していないのだ。
辞書というのは、必要な人は限られているかもしれないのだが魅力的だ。知らない言葉をわかるようになるという得点だけでも価値がある。これまで、散々苦しめられて来たのだが、考えようによれば魅力的なデータを扱っていたわけだ。私たちがアイデアを出すこともあるし、データを提供する側が確かな目を持っていることは重要なことだ。
私たちの仕事は、今後も辞書を中心に動くとは思うが、新しい時代に向けて挑戦もしてみたい。コンピュータにプリインストールということも考えなければならないと思う。そこでも、いかに見せるかが重要だ。電子辞書のように見せればいいということではない。いかにわかりやすく、使いやすくということが勝負の分かれ目だ。
私の夢は、辞書を補完するという目的でもいいので、書籍を入れたいということだ。辞書なので必要な時に使われるという要求が生まれるのだが、書籍となるとじっくりと向き合うことになる。そうでなくとも疲れる小さな端末にどうしてそう長くつきあえるのかという課題が残っている。やはり、人がインターネットに向き合うのと同じく、魅力的な情報を発信するものでないとどうにもならないということだ。
現在のお寒いネット事情では無線LANも夢物語だし、バッテリーの持ちの悪さから、ずっと使える端末にはなり得ない。どうしてもコンピュータを使えばいいということに落ち着いてしまう。この点くらいはメーカーが何とか解決して欲しいのだが。
単に書籍を入れるだけでは、おそらくつまらないだろう。その点は、電子辞書があくまでも「辞書」という点を考えなければならない。辞書として使えなければならないということ。しかし、メーカーにその意地があると言えるだろうか。電子辞書が出来た当時のソフトから未だ変更していないというのが現実ではないだろうか。その結果、DSよりもボロいタッチパネルしか使えないのだ。
検索ソフトとタッチパネルの大幅な改良、これがブレイクできるかどうかの分かれ目だろう。それにしてもメーカーに新しい頭脳は育っていないのではないか。私は仕事の関係でいろんな会社の人間の頭脳を考えることがあるのだが、もうじき定年という人は確かに技術を持っているのだが、その次の世代が育っていない気がする。私の夢は、夢に終わるだろうか。
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