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単に年が改まっただけだが、気分はいい。これまでやりたかったけれどもやれずにやり残した仕事、研究も丹念にやって行こうと思っている。趣味の領域でもこれまで、とりあえずでやり過ごしてきたことが多かった。少ないうちはそれでも良かったが、多くなると気分が悪いというか、やる気にまで影響してくる。わからないことは、一定の期間で整理しておかなければ凶器になってしまうのだ。
私には、ipodでさえ満足に御しきれない弱さがある。毎日のように使っておきながら、疑問に思うこともある。それらをずっと放置してきた。他に優先すべきことがあるからだ。しかし、正月のようにまとまった休みがあればついついそのことが気になり解決しようとしてみるのだが、必要に間に合わない。時間が無いというか、またしても他の優先順位に負けてしまうのだ。結局、この休みでも何も解決せずだ。
今年は、こうしたことも含めて解決の年として位置づけたい。コンピュータを使っての仕事なので、やはり、コンピュータにまつわる疑問を解決して行きたい。小さな疑問を放置し続けることで、全体の興味も失うことにもなりかねないから。情報収集のためのマシンを昨年は準備したのだが、今年は実用的なタブレットマシンに触手をのばそうと思っている。キーボードも普通に使えて、ペン操作もできる実用的なマシンに興味をひかれている。実際に使い勝手がいいからだ。そうした投資は惜しまないでやっていきたいと思う。
年末に突如としてわき起こったフォルクローレへの興味も大切に育てて行こうかと思う。今までになかった音楽の分野でもあるから。楽器も本気でやって行こうと思う。ネイティブ・アメリカンのフルートは有望かもしれない。もちろん、サンポーニャもいい楽器だ。こちらも気分転換に利用したいと思う。
そして、これは、おためごかしと思われようともうつに悩む人々にいろんな意味で助けになりたいと思う。この人々が、薬を止められて、救いの道が開けるよう少なくとも情報は探し続け、勉強もしたい。コンピュータの画面は、漫然と見るだけでは確かに人を狂わせてしまうのだが日記を書いたり、情報を集めたり、買い物をしたりする分には十分楽しい。仕事でも、データベース操作やちょっとしたプログラミングができるようになれば、そこそこ楽しめる。問題は、それをいかに楽しく習得し、気分転換するかなのだ。ここを誤ると非常に危険だ。
私の一生は、祖父に命を助けられてのスタートだった。だから、私の生涯は他人を助けてなんぼだと思っている。自分の幸福を追求してもいいのだが、それは、他人を助けるための手段と自戒すべきだろう。私にも普通の人が持つような弱さもあるし、甘えもあるし、涙もある。論理だけの人間ではないと思っている。その点をどこまで出せるかも今年の挑戦だ。
私には、ipodでさえ満足に御しきれない弱さがある。毎日のように使っておきながら、疑問に思うこともある。それらをずっと放置してきた。他に優先すべきことがあるからだ。しかし、正月のようにまとまった休みがあればついついそのことが気になり解決しようとしてみるのだが、必要に間に合わない。時間が無いというか、またしても他の優先順位に負けてしまうのだ。結局、この休みでも何も解決せずだ。
今年は、こうしたことも含めて解決の年として位置づけたい。コンピュータを使っての仕事なので、やはり、コンピュータにまつわる疑問を解決して行きたい。小さな疑問を放置し続けることで、全体の興味も失うことにもなりかねないから。情報収集のためのマシンを昨年は準備したのだが、今年は実用的なタブレットマシンに触手をのばそうと思っている。キーボードも普通に使えて、ペン操作もできる実用的なマシンに興味をひかれている。実際に使い勝手がいいからだ。そうした投資は惜しまないでやっていきたいと思う。
年末に突如としてわき起こったフォルクローレへの興味も大切に育てて行こうかと思う。今までになかった音楽の分野でもあるから。楽器も本気でやって行こうと思う。ネイティブ・アメリカンのフルートは有望かもしれない。もちろん、サンポーニャもいい楽器だ。こちらも気分転換に利用したいと思う。
そして、これは、おためごかしと思われようともうつに悩む人々にいろんな意味で助けになりたいと思う。この人々が、薬を止められて、救いの道が開けるよう少なくとも情報は探し続け、勉強もしたい。コンピュータの画面は、漫然と見るだけでは確かに人を狂わせてしまうのだが日記を書いたり、情報を集めたり、買い物をしたりする分には十分楽しい。仕事でも、データベース操作やちょっとしたプログラミングができるようになれば、そこそこ楽しめる。問題は、それをいかに楽しく習得し、気分転換するかなのだ。ここを誤ると非常に危険だ。
私の一生は、祖父に命を助けられてのスタートだった。だから、私の生涯は他人を助けてなんぼだと思っている。自分の幸福を追求してもいいのだが、それは、他人を助けるための手段と自戒すべきだろう。私にも普通の人が持つような弱さもあるし、甘えもあるし、涙もある。論理だけの人間ではないと思っている。その点をどこまで出せるかも今年の挑戦だ。
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