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私の弱点は、「正直」なところだ。良くも悪くも本当のことを言ってしまう性格なので、やさしそうでやさしくなりきれず自分でも苦しいことがよくある。
私の得意なことは他人を励ますことだと思っている。そこまではいいのだが、相手が元気になってはしゃいで来たら、途端に「正直」になってしまう。私ができることは、励まして元気にする所までなのだ。その後の手当てもとなるととても私の能力を超えてしまうのだ。つまり、喜んで話しかけてくる相手に合わせて、ユーモアを交えて話せばいいのだが、そこまではできないということなのだ。自分のことに必死なので、「元気になったら、ひとりで生きてくれや。」という気持ちになるわけだ。私が、一部に「裏切り博士」と言われる所以だ。
もともと、私は、何が正しいのか、何がいいのか、どうすべきなのか、そういう原理で動いている人間だ。問題解決に際しては、抜群の能力を発揮できても、人間同士の「付き合い」となるとかけひきがあったりするわけで、ものすごく苦手なのだ。相手が女性なら、なおさら無理だ。占いを何でも信じるわけではないのだが、「自分が思っている以上に、他人に合わせることができない」というのは、非常に私をよく言い当てていると思う。自分では、装っているつもりでも、相手には「ミエミエ」なのだ。結果、相手には強烈な不信感を植え付けてしまうらしい。
私は、そんなつもりは全然ないのだが、しかし、そう思われても仕方のない行動をとっているのだから、どうしようもないと思うようにしている。やさしくないのではなくて、そこまでの能力が無いだけなのだ。そこのところをわかってもらえるとうれしい。もっとも私が、他人を助けて元気にしたということはない。そうありたいと思っているだけだ。私が、恩師や永井龍雲の歌で元気をもらったように、私が調べたり、行動したりすることで他人が生きる気力を取り戻したとしたら、これ以上の喜びはない。
それにしても、自分としてはもっと「演技」ができるようでありたいと思っている。たったそれだけのことで多くの人を楽しくできることも知っているからだ。「うつ」という状態は、ほんのちょっとした心の動きが引き金になっている。ということは、ほんのちょっと「ウソ」をつくだけで誰もが幸せになれることもあるのだ。
仕事で出会う関係は、「妥協」そのものだと思う。だから、本気で怒ったり、泣いたりしてみても仕方がないのだ。いわゆる、「いい人」などいない。全ての人が、「都合」で動いていると考えるべきだ。時に、人間的な付き合いもあるかもしれないが、近づき過ぎないことが賢明だ。善悪とか真偽ではなく、「都合」なのだ。その時の都合によって正しいことや間違ったことが決まる。会社で生きる場合、そう思うことが正しい生き方だと思う。
大事なことは、何度も書くようだが、自分の実力を磨くことだ。そして、悩むことなく、目の前の問題を解決すること。悲壮な覚悟だとシンドイので、目の前の課題を楽しむことだ。その心境になれるよう、多くのことに首を突っ込むことを推奨する。やれることをできるだけ多く持っていると、疲れることもあるが、楽しみも多い。
私の得意なことは他人を励ますことだと思っている。そこまではいいのだが、相手が元気になってはしゃいで来たら、途端に「正直」になってしまう。私ができることは、励まして元気にする所までなのだ。その後の手当てもとなるととても私の能力を超えてしまうのだ。つまり、喜んで話しかけてくる相手に合わせて、ユーモアを交えて話せばいいのだが、そこまではできないということなのだ。自分のことに必死なので、「元気になったら、ひとりで生きてくれや。」という気持ちになるわけだ。私が、一部に「裏切り博士」と言われる所以だ。
もともと、私は、何が正しいのか、何がいいのか、どうすべきなのか、そういう原理で動いている人間だ。問題解決に際しては、抜群の能力を発揮できても、人間同士の「付き合い」となるとかけひきがあったりするわけで、ものすごく苦手なのだ。相手が女性なら、なおさら無理だ。占いを何でも信じるわけではないのだが、「自分が思っている以上に、他人に合わせることができない」というのは、非常に私をよく言い当てていると思う。自分では、装っているつもりでも、相手には「ミエミエ」なのだ。結果、相手には強烈な不信感を植え付けてしまうらしい。
私は、そんなつもりは全然ないのだが、しかし、そう思われても仕方のない行動をとっているのだから、どうしようもないと思うようにしている。やさしくないのではなくて、そこまでの能力が無いだけなのだ。そこのところをわかってもらえるとうれしい。もっとも私が、他人を助けて元気にしたということはない。そうありたいと思っているだけだ。私が、恩師や永井龍雲の歌で元気をもらったように、私が調べたり、行動したりすることで他人が生きる気力を取り戻したとしたら、これ以上の喜びはない。
それにしても、自分としてはもっと「演技」ができるようでありたいと思っている。たったそれだけのことで多くの人を楽しくできることも知っているからだ。「うつ」という状態は、ほんのちょっとした心の動きが引き金になっている。ということは、ほんのちょっと「ウソ」をつくだけで誰もが幸せになれることもあるのだ。
仕事で出会う関係は、「妥協」そのものだと思う。だから、本気で怒ったり、泣いたりしてみても仕方がないのだ。いわゆる、「いい人」などいない。全ての人が、「都合」で動いていると考えるべきだ。時に、人間的な付き合いもあるかもしれないが、近づき過ぎないことが賢明だ。善悪とか真偽ではなく、「都合」なのだ。その時の都合によって正しいことや間違ったことが決まる。会社で生きる場合、そう思うことが正しい生き方だと思う。
大事なことは、何度も書くようだが、自分の実力を磨くことだ。そして、悩むことなく、目の前の問題を解決すること。悲壮な覚悟だとシンドイので、目の前の課題を楽しむことだ。その心境になれるよう、多くのことに首を突っ込むことを推奨する。やれることをできるだけ多く持っていると、疲れることもあるが、楽しみも多い。
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