×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
別に何の根拠も理由も無いのだが、最近は気分がいい。現実は、忙しいし、会社の決算もあり、「楽になりたい」という気持ちが強いにもかかわらず、だ。単に、いつもの躁状態なだけなのだろうか。
ジェリー・ゴールドスミスの『Papillon』というサウンドトラック盤のCDの中に「Freedom」という曲があるのだが、これが、小説『パピヨン』の「海原こえて」を音楽的に表現した部分だ。1973年に映画を見た時から頭に焼き付いているのだが、今、聴いてもいいと思う。パピヨンのうれしかった気持ちがわかるような気がする。実際には、この脱走はぬか喜びに終わる。私の今の心境も、理由が無いだけにそうなる可能性は強いのだろうか。
うっかり、精神科などへ行くと、「それは、躁鬱病です!すぐにSSRIを飲まなければ、大変なことになりますよ!」と恫喝されることだろう。今や、医者は、病気を治すどころか、病気をいかに作るか(合法的に)という意味でのディジーズ・アーティスト(desease artist、病気創作家?)に成り下がっている。うっかり、「意味は無いけど、気分がええ。」などと口走れない時代だ。
『Papillon』の中には、「Gift From The Sea」(ずばり、海からの贈り物)という美しい曲もある。これは、パピヨンが脱走の途中、出会ったインディオの部落での生活を描いた曲だ。つかの間の幸せをつかんだ時だった。本物のパピヨンは、ここで子供を作ったそうなのだが、その後、再会できたのかどうか知りたいものだ。小説には、インディオ部落に本人が訪れている様子の写真はあるのだが。
ジェリー・ゴールドスミスが亡くなったということでようやくCDが発売されたのだと思うが、長らくCDが出ていなかった。現在も海外版がこの国で買えるというだけで、日本語解説のついたものなどは発売されていない。そのため、1600円台というとんでもない安さだ。ボーナストラックに、歌詞付きのパピヨンのテーマがついている。これは、映画公開時には無かったものだしアナログレコードにも無かったものだ。情熱的な歌い方がものすごく良く、得した気分になれる。
先週、秋葉原殺人事件などが起こり、昨日は東北で大きな地震があった。なかなか、のんびりとは暮らせない時代になっていることを思わせる。だが、それだからといって不安になるわけでもない。そういうこともあるだろうなと織り込み済みの東京での暮らしなのだ。やがて、この東京でもと誰もが予想していることだろう。戦争という異常事態ではなく、大地震という天災でこの国が再び消滅してしまうのだろうか。
もちろん、個人的に天災に備えることは可能なのだが、病院船を作るとか、自衛隊を廃止して、災害救助隊を創設するとか、道路を作るにしても、非常事態用の予備道路を作るという作業は、国家でなければ難しいことだ。個人のやれることを越えている。何とか、生きている間にこういうことにかかわってみたいのだが。
今の仕事でも同じ事が言えるのだが、目先の利益に追われるだけで、未来を考えようとしない。一企業ならば、やがて倒産で済むかもしれないのだが、国家の場合は、そうは行かない。この国だけでも1億数千万の人が生きているのだ。慎重に動かないといけないのだ。やれることはいっぱいあるのだが、権力を握っている連中は、残念ながら「頭」がない。思い至ることも無いらしい。日々、自分の生活と家庭を守ることが「仕事」なのだろう。
ジェリー・ゴールドスミスの『Papillon』というサウンドトラック盤のCDの中に「Freedom」という曲があるのだが、これが、小説『パピヨン』の「海原こえて」を音楽的に表現した部分だ。1973年に映画を見た時から頭に焼き付いているのだが、今、聴いてもいいと思う。パピヨンのうれしかった気持ちがわかるような気がする。実際には、この脱走はぬか喜びに終わる。私の今の心境も、理由が無いだけにそうなる可能性は強いのだろうか。
うっかり、精神科などへ行くと、「それは、躁鬱病です!すぐにSSRIを飲まなければ、大変なことになりますよ!」と恫喝されることだろう。今や、医者は、病気を治すどころか、病気をいかに作るか(合法的に)という意味でのディジーズ・アーティスト(desease artist、病気創作家?)に成り下がっている。うっかり、「意味は無いけど、気分がええ。」などと口走れない時代だ。
『Papillon』の中には、「Gift From The Sea」(ずばり、海からの贈り物)という美しい曲もある。これは、パピヨンが脱走の途中、出会ったインディオの部落での生活を描いた曲だ。つかの間の幸せをつかんだ時だった。本物のパピヨンは、ここで子供を作ったそうなのだが、その後、再会できたのかどうか知りたいものだ。小説には、インディオ部落に本人が訪れている様子の写真はあるのだが。
ジェリー・ゴールドスミスが亡くなったということでようやくCDが発売されたのだと思うが、長らくCDが出ていなかった。現在も海外版がこの国で買えるというだけで、日本語解説のついたものなどは発売されていない。そのため、1600円台というとんでもない安さだ。ボーナストラックに、歌詞付きのパピヨンのテーマがついている。これは、映画公開時には無かったものだしアナログレコードにも無かったものだ。情熱的な歌い方がものすごく良く、得した気分になれる。
先週、秋葉原殺人事件などが起こり、昨日は東北で大きな地震があった。なかなか、のんびりとは暮らせない時代になっていることを思わせる。だが、それだからといって不安になるわけでもない。そういうこともあるだろうなと織り込み済みの東京での暮らしなのだ。やがて、この東京でもと誰もが予想していることだろう。戦争という異常事態ではなく、大地震という天災でこの国が再び消滅してしまうのだろうか。
もちろん、個人的に天災に備えることは可能なのだが、病院船を作るとか、自衛隊を廃止して、災害救助隊を創設するとか、道路を作るにしても、非常事態用の予備道路を作るという作業は、国家でなければ難しいことだ。個人のやれることを越えている。何とか、生きている間にこういうことにかかわってみたいのだが。
今の仕事でも同じ事が言えるのだが、目先の利益に追われるだけで、未来を考えようとしない。一企業ならば、やがて倒産で済むかもしれないのだが、国家の場合は、そうは行かない。この国だけでも1億数千万の人が生きているのだ。慎重に動かないといけないのだ。やれることはいっぱいあるのだが、権力を握っている連中は、残念ながら「頭」がない。思い至ることも無いらしい。日々、自分の生活と家庭を守ることが「仕事」なのだろう。
PR
Comment