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いつしか「先輩」と呼ぶようになっていた10歳上の先輩が出来た。私には珍しいことだ。先輩を先輩として見ないからだ。しかし、先輩は最初から真っすぐな話をしてくれる人であった。だが、その先輩ともあとわずかでお別れとなった。先輩は冗談なのか本気なのか「あんたはワシを置いて行くんじゃのう。」と言うようになった。私もせっかく何でも話せる友人が出来たようで嬉しかった。それ故に私も別れはつらい。

急なように見えて急ではなかった。年末には既に転職しないと食って行けないことはわかっていた。ただ、そう簡単ではないことは毎度の通り。ほんの数ヶ月だったが、それでも長いと感じる。前にやったことがある仕事とはいえ、安易だったかもしれない。前の仕事を急に辞める羽目になったので急遽、今の仕事の可能性を考えてみるようになった。あっさりと受け入れられたわけではないのだが、いろんな条件を呑むことで私に白羽の矢が立っただけのこと。

私は先輩との日々を坦々と過ごしつつ、次の仕事にも不安を感じて生きている。私の本職ではないからだ。先輩とはいろんな話をしたが、とりわけ企業の中で数十年も生きて来た経験は大きかった。先輩と30年早く出会っていたら、私も入っては辞めの繰り返しは、もう少し少なかっただろうに。

私が二ヶ月くらい経ってから過労と風邪でダウンした時だった。何とか休みを三日で切り上げて出て行った朝「回復したかな?」と爽やかに声をかけてもらったのは救われた。私もしんどくて、これまでかとさえ思ったりしたからだ。あれからも数ヶ月経った。最初の頃を思い出す。先輩はぶっきら棒な所もあるが、人を見て丁寧に話すこともできる人だった。下のお話も大好きでよく盛り上がった。性癖も似ていて、女の全てに興味があるようだった。

もはや、隠し事は何も無い。私も生まれて今日までの事はほとんどしゃべったと思う。仕事のことも先輩は「チャンスをつかんで切り開いていくべきもの」という考えだった。私の仕事が万一成功したら呼ぼうかと言っても、自分は行動するタイプなのでコンピュータを使ってやるようなことはゴメンだと言っていた。前の仕事場で親しくなった人もそうだった。一緒にやろうと言ってくれる人は、そう多くはない。現実には、私が復活したわけではないので、やろうと言ってくれても何もできないのだが。

不安というのは、次の仕事場で先輩のような人に出会えるかということだった。日雇いにはありがちの自民党のアホ先生大好きおじさんだとどうがんばっても付き合いは難しいだろう。原発は推進するわ、TPPも推進するわ、放射能も問題無いという人間とは無理だからだ。

最大の不安は、雇われの身だということかもしれない。そして、その状態だと私の能力は活かされないということ。どこまで行っても仕事は仮であり、コンピュータで扱えるデータを作ってナンボということだ。しかし、一方で時間は無い。東京で被曝した私に残された時間はそんなには長く用意されていないように思う。

私のことを心配しているわけではなくて、私を頼ってくれている人々も少数ながらいるので何とか力になりたいだけのこと。まずは私が切り開いてみたいと思う。

明るく素直に温かく!
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