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仕事をしている頃は、常々「現代用語の基礎知識」とか「知恵蔵」とかは分厚いが、情報の質が薄いと思いあまり手を出してこなかった。自分が似たような仕事にかかわっていたのでウンザリだったというのもあるのかもしれない。この種のデータは、ほんのわずかでも調べるのが大変でリターンが小さいと思っていい。資料編が一番大変で、私もよく勘違いをして恥ずかしい思いをしたこともある。番組のタイトルなどが、普通の言葉ではなくシャレでつけていたりするのだった。こちらは間違いだと思っていても、実際には番組的に正しかったりする。相手を疑ったわけだ。
今、仕事から離れると懐かしさもあり、ついつい見てしまう。日雇いは、知的な環境ではないので余計に見てしまうのだろう。しかし、内容が薄いことに変わりはない。そして、本当に真実なのかどうかも疑わしい。アプリとしては現代用語しか出ていないので仕方なく毎年購入している。これまでは、買うだけで大して見ていなかったが、今、ようやく見ているというわけだ。待ち時間とかがある仕事ならば、余計にうれしい。だから、もう少し内容の濃いものならばなあと思うが、そんなものは夢物語なのだろう。時間的にもコスト的にも。
私が関わっていたものはずっと紙幅的に薄いものだったが、それでも何人もの人がかかわっていた。私はデータを処理するだけだった。担当していた編集者と少し話をする機会があったが、「もう嫌だ」と言っていた。私が仕事も少なくなってからの話だった。そういう時には手間のかかる仕事の方がうれしいもんだ。しかし、私が嫌なのか仕事が嫌なのか、やる気はないといった感じだった。一人でやるにはいろいろと手が足らないということもあるのだろう。しかし、もう10年も前の話になるが、パートナーが参加してくれた時には結構なメンバーでやっていたのだが。やはり、売れないと一人減り二人減りして行ったのだろう。
こんなアプリを買いどうするのかというと、どうもしないから今まで買うだけだったわけだ。原発のことも、国際情勢のことも、辺野古のことも知らないで来た。ことによるとほとんどの人がそうだったのかも。だからこそ、売れないのであって、作られなくなった。そして、廃刊となってしまったのだった。あえてやる意義は無いということなのか。
私は百科の方は、嫌で辞めたわけではなかった。これは、ひとえに人間関係による。たまたま私たちを買ってくれる人がいたので、パートナーと共に移っただけだ。そして、今の所負け続けているが、いつかは勝ちたいと思っている。百科で私が変えなければいけないと思っていたのは、やはり、内容だ。読んでもわからないような中身では意味がないからだ。理系の項目を中心にかなりそういう項目があった。書いている人もわかっていないのではないかと思うような。ここに限界はあるのだが、それでも百科事典的にはここまでだが、さらに詳しくは、こういうものを調べてくれという書き方もできるのではないか。本当は、そういうものを作りたかったわけだ。
今でもやっているというが、商売になっているのだろうか。内容が伴わない商売ならば、いつか終わると思うが、おそらくはその口だろう。現在、私は辞典の方に色気を出しているのだが、百科でもやりたいという気持ちに変わりはない。要するにためになる情報を作り発信し、更新もして行きたいと思うからだ。この国には、情報というものが大きく欠けている。作って、ためて、検索できるようにしておくことが重要なのだ。今後やって行く仕事というのは、常にそこを意識してやり、提案もして行きたいもの。
今、仕事から離れると懐かしさもあり、ついつい見てしまう。日雇いは、知的な環境ではないので余計に見てしまうのだろう。しかし、内容が薄いことに変わりはない。そして、本当に真実なのかどうかも疑わしい。アプリとしては現代用語しか出ていないので仕方なく毎年購入している。これまでは、買うだけで大して見ていなかったが、今、ようやく見ているというわけだ。待ち時間とかがある仕事ならば、余計にうれしい。だから、もう少し内容の濃いものならばなあと思うが、そんなものは夢物語なのだろう。時間的にもコスト的にも。
私が関わっていたものはずっと紙幅的に薄いものだったが、それでも何人もの人がかかわっていた。私はデータを処理するだけだった。担当していた編集者と少し話をする機会があったが、「もう嫌だ」と言っていた。私が仕事も少なくなってからの話だった。そういう時には手間のかかる仕事の方がうれしいもんだ。しかし、私が嫌なのか仕事が嫌なのか、やる気はないといった感じだった。一人でやるにはいろいろと手が足らないということもあるのだろう。しかし、もう10年も前の話になるが、パートナーが参加してくれた時には結構なメンバーでやっていたのだが。やはり、売れないと一人減り二人減りして行ったのだろう。
こんなアプリを買いどうするのかというと、どうもしないから今まで買うだけだったわけだ。原発のことも、国際情勢のことも、辺野古のことも知らないで来た。ことによるとほとんどの人がそうだったのかも。だからこそ、売れないのであって、作られなくなった。そして、廃刊となってしまったのだった。あえてやる意義は無いということなのか。
私は百科の方は、嫌で辞めたわけではなかった。これは、ひとえに人間関係による。たまたま私たちを買ってくれる人がいたので、パートナーと共に移っただけだ。そして、今の所負け続けているが、いつかは勝ちたいと思っている。百科で私が変えなければいけないと思っていたのは、やはり、内容だ。読んでもわからないような中身では意味がないからだ。理系の項目を中心にかなりそういう項目があった。書いている人もわかっていないのではないかと思うような。ここに限界はあるのだが、それでも百科事典的にはここまでだが、さらに詳しくは、こういうものを調べてくれという書き方もできるのではないか。本当は、そういうものを作りたかったわけだ。
今でもやっているというが、商売になっているのだろうか。内容が伴わない商売ならば、いつか終わると思うが、おそらくはその口だろう。現在、私は辞典の方に色気を出しているのだが、百科でもやりたいという気持ちに変わりはない。要するにためになる情報を作り発信し、更新もして行きたいと思うからだ。この国には、情報というものが大きく欠けている。作って、ためて、検索できるようにしておくことが重要なのだ。今後やって行く仕事というのは、常にそこを意識してやり、提案もして行きたいもの。
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