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東京での仕事場では、クラッシックの鑑賞会に行くチケットなどが出回っていた。5000円くらいだったと思うが、ウィーンフィルなどのメンバーが小遣い稼ぎで演奏しているのだと聞いた。私はクラシックといえば何でも聴くわけではないのだが、モーツァルトもあったので二度くらい行ったのをまた、急に思い出した。専用の会場ではないのでちょっと見づらい聴きづらいものがあったが、本物を間近に見られる聴けるのはありがたかった。
ある時、スケジュールが重なり、私の体調も悪かったことから、せっかくのチケットを無駄にしてしまった。うちの社員も興味なく、あげることもできなかった。それを境に行くことはなくなった。311以前は、そんな余裕もあったのだなあという思いがした。とにかく、そんな余裕のある会社だっただけにまともになって欲しいというのが願いだ。妙な色気を出しているわけではない。無能な人が、わかったフリして仕切らない方が身のためだと思うが。やり方次第でいかようにも伸びる会社だと思うのだが。
何がきっかけでおかしくなったのか。それは単純に売り上げが落ちて、赤字続きで何とかしろという声がきっかけではなかったか。それまでのように理想主義的な経営はやめて、売れるものだけをやるという方針にしたのではないか。しかし、売れるかどうかはわからないもので、作ってみてユーザーに判断してもらうしかない。その辺からおかしくなってきたのではないか。私たちの部門の打ち切りに始まり、私たちを1年がかりで追い出す方針などだ。
こういうのは、以前を知る私には異常な動きだった。この会社は私のようなよそ者にも丁重な扱いをする会社だったのだ。それ故に「がんばろう」という気持ちになり、文字通りがんばって来たのだった。収入は、満足できるものではなかったのだが、今後の売り上げによってはもしかするかもしれないという期待で判断していた。311以降の1年で一気に加速度がつき、売れるものを作るという気風になって行った。
まともなことを話してくれていたのは女性社員だけだったように思う。男どもは、会社に刃向うと自分の身も危ないと考えたのか、適当なことを言い始めた。大勢は覆すには至らず、結局、私もその後1年は飼い殺しにされた挙句、追放となった。まだ、やるべきことは山のようにあったのだが、「要らない」と判断されたことはショックだった。私の会社も解散に近い大打撃だったが、この会社にも大きな痛手になるに違いないと思った。素人さんがデジタルをやることになるからだ。
では、何をやるべきだったのかというと、ひたすら文字を中心とした辞書の整備だろう。まだまだ、それを十分に生かす場は無いに等しいのだが、必要な時に無いと困るのがこの世界だ。今のうちにやっておくしかないのだが。それと、この会社が伝統的に作る大型の本だが、やはりデジタルを前提に作ることが必須だった。私の会社で作ることの経費を嫌い、よその会社に任せたことから失敗が始まったのではないか。値段で判断し、中身を問うことをしなかったのだ。アマゾンなどで、その本は「使いにくい」と評判だ。デジタルにする時には何とかできたかもしれない。経験者でないとそこの判断は難しい。
経験が無いと「売上」だけで判断してしまうが、その後のことを考えると、今なお作り続けることの価値をわからなければいけない。辞書とか紙では使い勝手の悪い本を何とか使える、買えるものにする工夫だ。まさに私の会社が共同してやるべき仕事であったように思う。目の前の売り上げで判断したのは、まさに切るためだったのだろう。長い目で損得を考えると大損だとは思うが。
私の判断はマニアックかもしれないのだが、タブレットでiPodで見る文字は美しい。何とかこれで情報を得たいと思う。そこへこれでもかというほどの良質な情報を提供できれば、と考えるのは私だけではないだろう。これからの出版物だけでは足らないので、過去のものも含めてデジタル化を検討すべきだったと思う。何なら、姉妹会社のものも含めてやるべきだったと思う。それでも足らないくらいだろう。情報というのは、一つあれば済むというものではない。それを作る側が実践で示すのが正しいやり方だったのではないか。
ある時、スケジュールが重なり、私の体調も悪かったことから、せっかくのチケットを無駄にしてしまった。うちの社員も興味なく、あげることもできなかった。それを境に行くことはなくなった。311以前は、そんな余裕もあったのだなあという思いがした。とにかく、そんな余裕のある会社だっただけにまともになって欲しいというのが願いだ。妙な色気を出しているわけではない。無能な人が、わかったフリして仕切らない方が身のためだと思うが。やり方次第でいかようにも伸びる会社だと思うのだが。
何がきっかけでおかしくなったのか。それは単純に売り上げが落ちて、赤字続きで何とかしろという声がきっかけではなかったか。それまでのように理想主義的な経営はやめて、売れるものだけをやるという方針にしたのではないか。しかし、売れるかどうかはわからないもので、作ってみてユーザーに判断してもらうしかない。その辺からおかしくなってきたのではないか。私たちの部門の打ち切りに始まり、私たちを1年がかりで追い出す方針などだ。
こういうのは、以前を知る私には異常な動きだった。この会社は私のようなよそ者にも丁重な扱いをする会社だったのだ。それ故に「がんばろう」という気持ちになり、文字通りがんばって来たのだった。収入は、満足できるものではなかったのだが、今後の売り上げによってはもしかするかもしれないという期待で判断していた。311以降の1年で一気に加速度がつき、売れるものを作るという気風になって行った。
まともなことを話してくれていたのは女性社員だけだったように思う。男どもは、会社に刃向うと自分の身も危ないと考えたのか、適当なことを言い始めた。大勢は覆すには至らず、結局、私もその後1年は飼い殺しにされた挙句、追放となった。まだ、やるべきことは山のようにあったのだが、「要らない」と判断されたことはショックだった。私の会社も解散に近い大打撃だったが、この会社にも大きな痛手になるに違いないと思った。素人さんがデジタルをやることになるからだ。
では、何をやるべきだったのかというと、ひたすら文字を中心とした辞書の整備だろう。まだまだ、それを十分に生かす場は無いに等しいのだが、必要な時に無いと困るのがこの世界だ。今のうちにやっておくしかないのだが。それと、この会社が伝統的に作る大型の本だが、やはりデジタルを前提に作ることが必須だった。私の会社で作ることの経費を嫌い、よその会社に任せたことから失敗が始まったのではないか。値段で判断し、中身を問うことをしなかったのだ。アマゾンなどで、その本は「使いにくい」と評判だ。デジタルにする時には何とかできたかもしれない。経験者でないとそこの判断は難しい。
経験が無いと「売上」だけで判断してしまうが、その後のことを考えると、今なお作り続けることの価値をわからなければいけない。辞書とか紙では使い勝手の悪い本を何とか使える、買えるものにする工夫だ。まさに私の会社が共同してやるべき仕事であったように思う。目の前の売り上げで判断したのは、まさに切るためだったのだろう。長い目で損得を考えると大損だとは思うが。
私の判断はマニアックかもしれないのだが、タブレットでiPodで見る文字は美しい。何とかこれで情報を得たいと思う。そこへこれでもかというほどの良質な情報を提供できれば、と考えるのは私だけではないだろう。これからの出版物だけでは足らないので、過去のものも含めてデジタル化を検討すべきだったと思う。何なら、姉妹会社のものも含めてやるべきだったと思う。それでも足らないくらいだろう。情報というのは、一つあれば済むというものではない。それを作る側が実践で示すのが正しいやり方だったのではないか。
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