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自分は好奇心がある方だと思っていたが、それは下世話なことばかりだった。しかし、これは「簡単な入口」を求めての結果なのかもしれない。簡単すぎてつまらなくなるのか、どうしても次は極端に難しいことに挑戦したくなるようだ。
実は、今でこそ自分はデータベースの鬼のようなふるまいをしているのだが、実際にはそんなことには興味のかけらも無かった。単にエロ本といってはちょっと落とし過ぎなら、画像に興味があった。今では、液晶の精度も高くなり、グラビア印刷よりも液晶画面の方がきれいに見えることもある。18年前は液晶などまだ少なかったかもしれないが、ブラウン管画面での画像はきれいだった。
エロも含めて画像に魅入られたのだった。特に『アニマ』という雑誌が好きだったので、自然の動植物の写真が好きだった。こういうものが何か未来を感じさせ、自分も仕事をやってみたいと思い、出版社に提案したのだった。返事が返って来たのは良かったが、やることは「百科事典」だった。興味は無かったのだ。
恩師が日本史の教師であった関係で歴史とか文化には興味はあった。しかし、当時は画像に興味があったということ。結局、仕事なので仕方ないということで百科の仕事に入ったが、これが意外に難しい。それまで、培った知識はひとまずゼロクリアしないと通じない世界のように思えた。ロジックなどは、一部応用できるのだが、対象は数時から文字なので注意してかからなければならなかった。
結局、文字との格闘が続く中、私の百科とかデータベースに興味を持つに至るのであった。仕事あっての私があったのだった。辞書も同じようなものだ。当時、百科の仕事をしていたのだが、辞書の仕事をしてくれ、と言われた。私は興味も無いのに「やらせてください」と言ってしまった。興味がないというか、やっかいそうだとは思った。
実際にやってみるとさっぱりわからず、これは大変な世界に入り込んでしまったと思えた。プログラミングそのもので悩んだことも多々あった。文字の扱いそのものにも悩んだ。とにかくわからない要素が多すぎたのだ。あそこから逃げていれば、おもしろくないつまらないもので終わっていたのだろうが、粘り克服して問題解決してきた。それが今の私を支える自信ともなっている。あの時の経験があるから、やれると思えるのだった。
以上見てきたように、私はアカデミックにあこがれて生きてきた人生だったが、仕事には芸術的な感性を志向していた。行きがかり上、百科や辞典をやることになり、プログラミングの技を磨くためにもコンピュータサイエンスにも興味を持つに至ったのであった。そして、百科や事典、辞典に限らず、紙の書籍一般をデジタル化することに興味を持つようになった。
自分で検索システムを作ると、より大きなデータを作り、それを一瞬にして検索することに快感を感じるようになったのであった。それができれば、ユーザーレベルでもう少し快適に使えるようにするには、どうすればいいのか、そういうことにも興味は広がった。
電子書籍元年とは、2012年だったか、それよりも前だったか忘れたが、時代は、まさに私の時代であるかのように思えた。しかし、出版社のお金を管理している連中にとって、発想は貧困だった。これからは電子書籍をやって行けば、紙の売り上げが落ちた分を回復できる、とでも考えたのだろうか。自社の出版物をデジタル化することにお金をかけるのをやめてしまった。電子書籍のように印刷会社のデータを安く使えるようなもののみに絞る作戦に出たらしい。
バカな担当者は「エコな開発」をするのだと言っていた。「エコな開発」の実態は、私たちがこの仕事で出会って来たような困難を見てみないようにするということ。下駄が出ても無かったことにするということだった。確かに、そういう作りならば、安く「エコ」になるだろう。これまでの経験が生きていないので、失敗を繰り返すことになる。
大切なことは、そこまで言い切って経験の蓄積を切り捨てるということは、短期的には出るものを減らす効果は実際にあったということ。しかし、今後もプラスになるのかというと、そうはならない。文字の扱いは相変わらず複雑で、それなりの経験が無いとエラーのチェックも難しい。外注すればいいだけのことかもしれないが、それは、削った経費がまた復活するということ。経験の蓄積されないお金は得かどうかということだ。
結局、私を切った担当者は、失敗するのではないかと思う。この仕事、理解せずに進むことは難しい。私の説明の稚拙さは認めるとしても、責任者に説明したところ、まったく理解してはいなかった。「まったくわからない」とも言っていた。2012年の早春だったろうか。私が経験してきたことの逆を行くわけだから、つまらない→わからない→金はかけられない、ということになるしかなかったのだろう。
私のやるべきことは、この出版社をけなすことでも担当者をこき下ろすことでもない。やはり、これまで培ったきた経験をもとに、この国で使える電子図書館を「建設」することにある。制度上、私がやるには難しい面が多すぎるのだが、私はやる資格がある者として主張し続けるだろう
。お金ではなく、仕事が欲しい。わからないことをわかりやすく、必要な情報はすべてそろっている、がスローガンだ。まずは、大学から行きたいのだが、大学とは縁のない私だけに、余計に難しいのだ。
それにしても、下世話なお下劣なことに興味津々の私が、歴史とか語学とか文化に興味を持つにいたることは、平たんではなかったが、きっかけは、困難に出くわすということだった。誰でも困難にぶち当たるまでは簡単なので、そこから先を突破するための情報を提供する仕事、それこそ、私の目指すデータベース作りなのだ。
がんばろう、明るく、素直に、温かく!の精神で。
実は、今でこそ自分はデータベースの鬼のようなふるまいをしているのだが、実際にはそんなことには興味のかけらも無かった。単にエロ本といってはちょっと落とし過ぎなら、画像に興味があった。今では、液晶の精度も高くなり、グラビア印刷よりも液晶画面の方がきれいに見えることもある。18年前は液晶などまだ少なかったかもしれないが、ブラウン管画面での画像はきれいだった。
エロも含めて画像に魅入られたのだった。特に『アニマ』という雑誌が好きだったので、自然の動植物の写真が好きだった。こういうものが何か未来を感じさせ、自分も仕事をやってみたいと思い、出版社に提案したのだった。返事が返って来たのは良かったが、やることは「百科事典」だった。興味は無かったのだ。
恩師が日本史の教師であった関係で歴史とか文化には興味はあった。しかし、当時は画像に興味があったということ。結局、仕事なので仕方ないということで百科の仕事に入ったが、これが意外に難しい。それまで、培った知識はひとまずゼロクリアしないと通じない世界のように思えた。ロジックなどは、一部応用できるのだが、対象は数時から文字なので注意してかからなければならなかった。
結局、文字との格闘が続く中、私の百科とかデータベースに興味を持つに至るのであった。仕事あっての私があったのだった。辞書も同じようなものだ。当時、百科の仕事をしていたのだが、辞書の仕事をしてくれ、と言われた。私は興味も無いのに「やらせてください」と言ってしまった。興味がないというか、やっかいそうだとは思った。
実際にやってみるとさっぱりわからず、これは大変な世界に入り込んでしまったと思えた。プログラミングそのもので悩んだことも多々あった。文字の扱いそのものにも悩んだ。とにかくわからない要素が多すぎたのだ。あそこから逃げていれば、おもしろくないつまらないもので終わっていたのだろうが、粘り克服して問題解決してきた。それが今の私を支える自信ともなっている。あの時の経験があるから、やれると思えるのだった。
以上見てきたように、私はアカデミックにあこがれて生きてきた人生だったが、仕事には芸術的な感性を志向していた。行きがかり上、百科や辞典をやることになり、プログラミングの技を磨くためにもコンピュータサイエンスにも興味を持つに至ったのであった。そして、百科や事典、辞典に限らず、紙の書籍一般をデジタル化することに興味を持つようになった。
自分で検索システムを作ると、より大きなデータを作り、それを一瞬にして検索することに快感を感じるようになったのであった。それができれば、ユーザーレベルでもう少し快適に使えるようにするには、どうすればいいのか、そういうことにも興味は広がった。
電子書籍元年とは、2012年だったか、それよりも前だったか忘れたが、時代は、まさに私の時代であるかのように思えた。しかし、出版社のお金を管理している連中にとって、発想は貧困だった。これからは電子書籍をやって行けば、紙の売り上げが落ちた分を回復できる、とでも考えたのだろうか。自社の出版物をデジタル化することにお金をかけるのをやめてしまった。電子書籍のように印刷会社のデータを安く使えるようなもののみに絞る作戦に出たらしい。
バカな担当者は「エコな開発」をするのだと言っていた。「エコな開発」の実態は、私たちがこの仕事で出会って来たような困難を見てみないようにするということ。下駄が出ても無かったことにするということだった。確かに、そういう作りならば、安く「エコ」になるだろう。これまでの経験が生きていないので、失敗を繰り返すことになる。
大切なことは、そこまで言い切って経験の蓄積を切り捨てるということは、短期的には出るものを減らす効果は実際にあったということ。しかし、今後もプラスになるのかというと、そうはならない。文字の扱いは相変わらず複雑で、それなりの経験が無いとエラーのチェックも難しい。外注すればいいだけのことかもしれないが、それは、削った経費がまた復活するということ。経験の蓄積されないお金は得かどうかということだ。
結局、私を切った担当者は、失敗するのではないかと思う。この仕事、理解せずに進むことは難しい。私の説明の稚拙さは認めるとしても、責任者に説明したところ、まったく理解してはいなかった。「まったくわからない」とも言っていた。2012年の早春だったろうか。私が経験してきたことの逆を行くわけだから、つまらない→わからない→金はかけられない、ということになるしかなかったのだろう。
私のやるべきことは、この出版社をけなすことでも担当者をこき下ろすことでもない。やはり、これまで培ったきた経験をもとに、この国で使える電子図書館を「建設」することにある。制度上、私がやるには難しい面が多すぎるのだが、私はやる資格がある者として主張し続けるだろう
。お金ではなく、仕事が欲しい。わからないことをわかりやすく、必要な情報はすべてそろっている、がスローガンだ。まずは、大学から行きたいのだが、大学とは縁のない私だけに、余計に難しいのだ。
それにしても、下世話なお下劣なことに興味津々の私が、歴史とか語学とか文化に興味を持つにいたることは、平たんではなかったが、きっかけは、困難に出くわすということだった。誰でも困難にぶち当たるまでは簡単なので、そこから先を突破するための情報を提供する仕事、それこそ、私の目指すデータベース作りなのだ。
がんばろう、明るく、素直に、温かく!の精神で。
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