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今朝起きてみると、朝早くに懐かしい人からのメールがあった。友といっても大先輩だが、話が合い、現役ならば一緒に仕事をして楽しい人だと思える人だった。中国語の勉強会打ち上げで出会い、小出氏の講演会でも一緒だった。仕事場を離れて付き合える数少ない友人と思っている。
川内の危険性を伝える内容だったが、私も心得ているものの、何もできないでいる。もちろん、本当にこのままで済ますつもりはない。それは、仕事の有る無し以前の問題なのだ。今動かなければ、仕事があったとしても、未来を絶たれる、そういう話なのだ。岡山に戻って数ヶ月、いろんな田舎にも回った。ものすごくいい所ばかりだった。私の見るところ岡山の田舎では、この圧倒的な自然を守る気が無いように思える。
それは、私を呼ばないからというわけではないが、よそ者を受け入れない雰囲気は良くない。私が仕事を求めて行けば、とりあえず受け入れるという雰囲気を持っているところであれば、状況の変化に応じて変われるだろう。しかし、現実にはその気配すら無かったのだ。一部、人間的にもいいところもあったが、全体としてダメな環境になっているようだった。川内が過酷事故を起こせば、この岡山も必ず福島化してしまい、「みんなで放射能に打ち勝とう!」と言い出すのではないか。
変われないというのはそういうことなのだ。田舎を都会化しても意味が無い。岡山にも無駄にでかいイオンが来るのだが、岡山を都会のマネをして大型施設を作っても失敗に終わるだろう。岡山にいる人間もよそ者も、そこに価値を見いだせないからだ。これまでの歴史は、当初は珍しいので行くが、後はじり貧というのがパターンだった。東京の汚い街から戻った私には、岡山の自然が天国のように思えた。春に叔母の納骨に行った時に見た自然といったらなかった。もう、数十年前に見たような田舎の光景が、今もそのまま残っているのだった。
岡山だけが変わっても確かにどうにもならないだろう。私の考えている変化とは、人が仕事のある場所に行って、仕事をとってくるということ。個人がそれをやるには限界があるので、最初は行政がいろいろな形で援助することだと思う。金を使わずともできることもあるだろう。まずは、やることが肝心なのだが、こういう話をすると、できない理由ばかりを見つける人間も出て来るからやっかいだ。私がこれまでやって来たことを思い返せば、そのまま当てはまる。
私が最後にやった、仮想サーバーの仕事を組み合わせれば、普段は岡山で、打ち合わせで数日、東京でという仕事も可能だった。いや、むしろその方がいいと思えた。私は東京でも岡山でもお金を使うことになるからだ。移動にも金を使うのがいいのではないか。むろん、仕事は私がやって来たような仕事ばかりではないだろう。現地でなければできない仕事もあろう。それならば、あえて分社してはどうか。内部留保に忙しく、内部の投資をしないから、東京に集中してしまうのだ。ここは行政が動き、分社命令を出す。
東京に「本社」があるにしても、田舎にある支社と連携して仕事を仕上げるようになれば、田舎も潤う。これは、田舎を開拓することではない。田舎はそのまま残せばいいのだ。そうしないと価値が無くなる。都会から見ると田舎の自然は圧倒的に価値がある。逆にその価値を都会で活かすことも考えるといいだろう。
懐かしい友からのメールで一気にそんなことを思った。
川内の危険性を伝える内容だったが、私も心得ているものの、何もできないでいる。もちろん、本当にこのままで済ますつもりはない。それは、仕事の有る無し以前の問題なのだ。今動かなければ、仕事があったとしても、未来を絶たれる、そういう話なのだ。岡山に戻って数ヶ月、いろんな田舎にも回った。ものすごくいい所ばかりだった。私の見るところ岡山の田舎では、この圧倒的な自然を守る気が無いように思える。
それは、私を呼ばないからというわけではないが、よそ者を受け入れない雰囲気は良くない。私が仕事を求めて行けば、とりあえず受け入れるという雰囲気を持っているところであれば、状況の変化に応じて変われるだろう。しかし、現実にはその気配すら無かったのだ。一部、人間的にもいいところもあったが、全体としてダメな環境になっているようだった。川内が過酷事故を起こせば、この岡山も必ず福島化してしまい、「みんなで放射能に打ち勝とう!」と言い出すのではないか。
変われないというのはそういうことなのだ。田舎を都会化しても意味が無い。岡山にも無駄にでかいイオンが来るのだが、岡山を都会のマネをして大型施設を作っても失敗に終わるだろう。岡山にいる人間もよそ者も、そこに価値を見いだせないからだ。これまでの歴史は、当初は珍しいので行くが、後はじり貧というのがパターンだった。東京の汚い街から戻った私には、岡山の自然が天国のように思えた。春に叔母の納骨に行った時に見た自然といったらなかった。もう、数十年前に見たような田舎の光景が、今もそのまま残っているのだった。
岡山だけが変わっても確かにどうにもならないだろう。私の考えている変化とは、人が仕事のある場所に行って、仕事をとってくるということ。個人がそれをやるには限界があるので、最初は行政がいろいろな形で援助することだと思う。金を使わずともできることもあるだろう。まずは、やることが肝心なのだが、こういう話をすると、できない理由ばかりを見つける人間も出て来るからやっかいだ。私がこれまでやって来たことを思い返せば、そのまま当てはまる。
私が最後にやった、仮想サーバーの仕事を組み合わせれば、普段は岡山で、打ち合わせで数日、東京でという仕事も可能だった。いや、むしろその方がいいと思えた。私は東京でも岡山でもお金を使うことになるからだ。移動にも金を使うのがいいのではないか。むろん、仕事は私がやって来たような仕事ばかりではないだろう。現地でなければできない仕事もあろう。それならば、あえて分社してはどうか。内部留保に忙しく、内部の投資をしないから、東京に集中してしまうのだ。ここは行政が動き、分社命令を出す。
東京に「本社」があるにしても、田舎にある支社と連携して仕事を仕上げるようになれば、田舎も潤う。これは、田舎を開拓することではない。田舎はそのまま残せばいいのだ。そうしないと価値が無くなる。都会から見ると田舎の自然は圧倒的に価値がある。逆にその価値を都会で活かすことも考えるといいだろう。
懐かしい友からのメールで一気にそんなことを思った。
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