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今の私が仕事など本当に夢物語なのだが、一応、日々仕込みはしている。そして、夢破れ、失意のうちに眠る日々。世の中の動きにも関心を示しつつ、自分がどうにもできないため、何もできない。
この体のさるさは、やはり好きな仕事がやれないことによるものだ。放射能の影響も確かにあると思う。社会に何か関わっていないということが余計にだるくさせている。あまり忙しいのも体に毒なのだが、今の状態も同じだ。やはり、日々、処理に悩みつつもプログラミングする日々が私の理想だったのだろう。
何でも買うわけではないのだが、立ち直りのための道具も購入したと前に書いたが、これは大したものではない。ライトであるとか、通信カードであるとかだ。もう一つ、スピーカーとか新しいタブレットを保留にしているのだが、スピーカーに手を出すしかないかなと思い始めている。iPodも欲しいが、そうなると高くつく。そして、現行のiPod、どうにも欲しいという感じではない。したがって、とりあえずはスピーカーかと。
そのスピーカーもなかなか難しい。通信方式を何にするかよくわからないからだ。Wi-Fiにすれば音はいいらしいが、使い勝手がどうなのかわからない。Bluetoothにすると今度は音がそれほど良くないらしい。素人としては悩む。買わないのが一番だが、そうなるといつまでも知らないまま。結局、何かを知ろうと思うとお金がかかるわけだ。これほど悩むのは、資金が無いからだ。
羽振りのいい頃の私なら両方買ったことだろう。お金は使うが、確かにそういうことの知識は身についていった。当時は「いつかはもう無いかもしれない」という発想に基づいて行動していた。2000年代に地震があったり、江戸川のケーブル切断による大停電を経験して、そんな気持ちになったということもあろう。それが、今ではそれを数万倍も上回るような大事故になってそれでも生きている。
私は仕事も無くなり、生きることも苦しくなっている。まさにこの時代が生んだものだと思うが、それにしても私の行動は小さいと思える。日々努力はするが、時折たまった鬱屈を晴らすかのようにブチ切れたり。これでパートナーにも相当嫌われたと思う。今では、そのブチ切れたことを分析する冷静さも無い。
自分の中で悩みや葛藤のある時に、すぐそばでその思考を妨げるような言動を前にすると私はブチ切れるのだが、それは当たり前のことか?私の場合は、嫌われる言葉を吐くとすっとして、逆に後悔してしまう。いつもそうなので、やめておけばいいのだが、そこが私の小さいところだ。見た人は、私の人間性を疑うかもしれない。私はそれでも生きて仕事をしないといけない。全部をさらけ出すしかない。それでも好かれるような、仕事をしていくしかない。
今は、企画を考えるしかないのだが、一方で電子図書館の本格的な構想を練ろうかと思う。これまでは、こんなものがあったらいいなあくらいでしかなかった。そして、それでは夢物語で終わる。税金で食っている連中を動かすには具体的なものがいるのだろうか。これまでもいろいろと接してきたのだが、そもそもやる気を感じなかった。
失望するのは仕方ないのだが、やはり、何度も何度も挑戦するしかないだろうか。問題があるとしたら、私の方ではないような気がする。私はやる気もあるし、やるための実力も持っている。そして、それは未来にもきっと役立つことだ。環境が無い、お金が無いということだろうか。確かに18年前のようなスポンサーがあれば、やれないことはないのだが、限界はある。
今度は、社会のシステムそのものを変えたいと思っているので、そういうことでは私が満足できない。だからこそ、夢物語。
この体のさるさは、やはり好きな仕事がやれないことによるものだ。放射能の影響も確かにあると思う。社会に何か関わっていないということが余計にだるくさせている。あまり忙しいのも体に毒なのだが、今の状態も同じだ。やはり、日々、処理に悩みつつもプログラミングする日々が私の理想だったのだろう。
何でも買うわけではないのだが、立ち直りのための道具も購入したと前に書いたが、これは大したものではない。ライトであるとか、通信カードであるとかだ。もう一つ、スピーカーとか新しいタブレットを保留にしているのだが、スピーカーに手を出すしかないかなと思い始めている。iPodも欲しいが、そうなると高くつく。そして、現行のiPod、どうにも欲しいという感じではない。したがって、とりあえずはスピーカーかと。
そのスピーカーもなかなか難しい。通信方式を何にするかよくわからないからだ。Wi-Fiにすれば音はいいらしいが、使い勝手がどうなのかわからない。Bluetoothにすると今度は音がそれほど良くないらしい。素人としては悩む。買わないのが一番だが、そうなるといつまでも知らないまま。結局、何かを知ろうと思うとお金がかかるわけだ。これほど悩むのは、資金が無いからだ。
羽振りのいい頃の私なら両方買ったことだろう。お金は使うが、確かにそういうことの知識は身についていった。当時は「いつかはもう無いかもしれない」という発想に基づいて行動していた。2000年代に地震があったり、江戸川のケーブル切断による大停電を経験して、そんな気持ちになったということもあろう。それが、今ではそれを数万倍も上回るような大事故になってそれでも生きている。
私は仕事も無くなり、生きることも苦しくなっている。まさにこの時代が生んだものだと思うが、それにしても私の行動は小さいと思える。日々努力はするが、時折たまった鬱屈を晴らすかのようにブチ切れたり。これでパートナーにも相当嫌われたと思う。今では、そのブチ切れたことを分析する冷静さも無い。
自分の中で悩みや葛藤のある時に、すぐそばでその思考を妨げるような言動を前にすると私はブチ切れるのだが、それは当たり前のことか?私の場合は、嫌われる言葉を吐くとすっとして、逆に後悔してしまう。いつもそうなので、やめておけばいいのだが、そこが私の小さいところだ。見た人は、私の人間性を疑うかもしれない。私はそれでも生きて仕事をしないといけない。全部をさらけ出すしかない。それでも好かれるような、仕事をしていくしかない。
今は、企画を考えるしかないのだが、一方で電子図書館の本格的な構想を練ろうかと思う。これまでは、こんなものがあったらいいなあくらいでしかなかった。そして、それでは夢物語で終わる。税金で食っている連中を動かすには具体的なものがいるのだろうか。これまでもいろいろと接してきたのだが、そもそもやる気を感じなかった。
失望するのは仕方ないのだが、やはり、何度も何度も挑戦するしかないだろうか。問題があるとしたら、私の方ではないような気がする。私はやる気もあるし、やるための実力も持っている。そして、それは未来にもきっと役立つことだ。環境が無い、お金が無いということだろうか。確かに18年前のようなスポンサーがあれば、やれないことはないのだが、限界はある。
今度は、社会のシステムそのものを変えたいと思っているので、そういうことでは私が満足できない。だからこそ、夢物語。
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