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何を思ったか、先日からドラマ『あいくるしい』を見ている。昨日は、お母さんが亡くなる回だった。「あいくるしい」とは、お母さんが亡くなる直前にわが子に対して発した渾身の言葉だった。
プラグインがいるので恐らくは、Windowsでないと見づらい
http://mvnavidr.blog116.fc2.com/blog-entry-6853.html
ドラマの中に涙の出ない少年が出て来るが、私も似たような少年だった。祖父や祖母の死に際して、少しも涙が出ないし、悲しいという感情さえ無かった。どこか、ネジが落ちているのではないかと思った。当時の私は心配していなかったろうが、周囲の大人は心配していたかもしれない。私自身は、高校のクラスメートに「ホントに悲しくないの?」とキョトンとした表情で問われて、本当にそうだったので心配になったのだった。
父の時もそうだと思ったが、これは違った。そりの合わない父だったが、熱い涙が流れた。この時、私は初めて、家族、肉親という存在のかけがえのなさを知った。自分の幼いころのことを語ってくれる唯一の存在、自分の絶対の支持者。それを失うことの衝撃。これは、無神経の私にも小さなものではなかったのだ。
以来、私はすっかり涙もろくなり、ドラマを見ても泣くようになった。『あいくるしい』では、臭い演技ではあるのだが、設定がせつなく、ありえない人の死というものに共感した。その人が死ぬことなど考えられないという人の死は本当にこたえるのだ。私で言えば、親友の死を迎えたとしたら、もう生きていく元気すら無くなるだろう。私と親友はともに女が好きなので男色の付き合いではないのだが、私は親友を好きであることを隠そうともしなかった。人間として温かい、私には無いものを持つ人として大好きだった。できれば、私の方が先に逝きたい気持ちだが、こればっかりは、どうなるのか誰にもわからない。
幼い少年少女の犯罪が絶えないが、原因は愛情不足にあると思う。私が当然のごとく注がれてきた愛情を彼らは知らない。犯罪は、それによって正当化されないのだが、原因はそこにあると思う。彼らにも私と同じような愛情が十分注がれていたなら、犯罪など思いもつかないことだったろう。実際、私もそうなのだ。いかに生きるのかで悩んできただけで、何かを盗ってやろうとか、破壊してやろうとか考える理由も無かった。
ツイトモで離婚した家族の子供のケアをしている人がいるのだが、その人の本を読むといかに子供の心がないがしろにされているのかがわかる。離婚により、両親は救われたかもしれないのだが、子供の心はどうなるのか。実際、その分野は私など思いもよらない、寄り付けないことばかりだ。おっさんにして、おこちゃまなのだ。
言うまでもなく、この世から理不尽な、不条理な涙は無くなればいいと思っている。パピヨンにせよ、永井龍雲にせよ、幼い時に母親を亡くした人に惚れ込むのも私の傾向ではある。
プラグインがいるので恐らくは、Windowsでないと見づらい
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ドラマの中に涙の出ない少年が出て来るが、私も似たような少年だった。祖父や祖母の死に際して、少しも涙が出ないし、悲しいという感情さえ無かった。どこか、ネジが落ちているのではないかと思った。当時の私は心配していなかったろうが、周囲の大人は心配していたかもしれない。私自身は、高校のクラスメートに「ホントに悲しくないの?」とキョトンとした表情で問われて、本当にそうだったので心配になったのだった。
父の時もそうだと思ったが、これは違った。そりの合わない父だったが、熱い涙が流れた。この時、私は初めて、家族、肉親という存在のかけがえのなさを知った。自分の幼いころのことを語ってくれる唯一の存在、自分の絶対の支持者。それを失うことの衝撃。これは、無神経の私にも小さなものではなかったのだ。
以来、私はすっかり涙もろくなり、ドラマを見ても泣くようになった。『あいくるしい』では、臭い演技ではあるのだが、設定がせつなく、ありえない人の死というものに共感した。その人が死ぬことなど考えられないという人の死は本当にこたえるのだ。私で言えば、親友の死を迎えたとしたら、もう生きていく元気すら無くなるだろう。私と親友はともに女が好きなので男色の付き合いではないのだが、私は親友を好きであることを隠そうともしなかった。人間として温かい、私には無いものを持つ人として大好きだった。できれば、私の方が先に逝きたい気持ちだが、こればっかりは、どうなるのか誰にもわからない。
幼い少年少女の犯罪が絶えないが、原因は愛情不足にあると思う。私が当然のごとく注がれてきた愛情を彼らは知らない。犯罪は、それによって正当化されないのだが、原因はそこにあると思う。彼らにも私と同じような愛情が十分注がれていたなら、犯罪など思いもつかないことだったろう。実際、私もそうなのだ。いかに生きるのかで悩んできただけで、何かを盗ってやろうとか、破壊してやろうとか考える理由も無かった。
ツイトモで離婚した家族の子供のケアをしている人がいるのだが、その人の本を読むといかに子供の心がないがしろにされているのかがわかる。離婚により、両親は救われたかもしれないのだが、子供の心はどうなるのか。実際、その分野は私など思いもよらない、寄り付けないことばかりだ。おっさんにして、おこちゃまなのだ。
言うまでもなく、この世から理不尽な、不条理な涙は無くなればいいと思っている。パピヨンにせよ、永井龍雲にせよ、幼い時に母親を亡くした人に惚れ込むのも私の傾向ではある。
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