×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
相変わらず、快適だ。入力するにはという意味でだ。閲覧するだけなら、iPadというのに変わりはない。開発環境ももう少しだ。全部入ると、自分用のシステムを作ることを宣言したが、先になるかもしれない。嫌々やるのは良くないのでじっくりと待つつもりだ。一日の中でも気分が変わり、さっきまで見えていたことが見えなくなったりする。なかなか難しいわけだ、仕事を続けるということは。
そして、タブレットの限界も見えてきた。このThinkPad10はせっかく分離できるようになっているのだが、携行には向かない。キーボードをかっちり止める機構が無いからだ。強引に運ぶと、移動中に外れてしまい、うれしくないことが起きそうだ。液晶が傷つくとか、割れるとか。この点、痛いと思った。やはり、薄いノートをタブレット代わりに使うしかないのか。しかし、それではタブレットの持つ気軽さがなかなか得られない。ThinkPad10の良さはキーボードとセットで使う時だから、分離して使ってもあまり、ありがたくないのだ。Helixに期待してしまうが、あれば液晶の解像度が大したことない。この点ががっくりくる。
良さとしては、当初ぼろいと思えたマグネシウム合金の天板がいい味を出している。剛性が高いので本当に何かあっても大丈夫な気がする。ふせておいた時に何か落としたとかした場合にだ。他の会社のもここまで剛性が高いのだろうか。さすがに買い比べる余裕はないのだが。実験はそこそこ成功しつつある。これで開発環境とプロトタイプ作成がうまく行けば、これはもう、そこそこ使えるということになる。使いたおして、Ubuntuを入れてしまうという手もある。
こちら方面は順調なのだが、新たな提案作業は難航している。やはり、私にそうたくさんアイデアがあるわけではないからだろう。思い付きはメモしてあるが、これはあくまでも思い付きだ。現実に商売になるのかどうかは不透明だ。救いは、私はあくまでも自信満々だということ。さすがに不透明だけに、企業が食いついてきにくい。はっきり言えば、無視される可能性の方が高いのだ。
私の仕事は、そこそこ伸びると思っている。幅広く人を集めることができるからだ。ただ、運営は難しい。実際にそうであったように、メンタルの管理とかいろんな不調を訴える人が出て来るのでそれらにすべてこたえられるようでなければ、経営者は務まらないと思う。どうして、ここまで強気でいられるのかというと、この社会がそろそろ限界に来つつあるのではと思うからだ。ここまで国民を痛めつけると、さすがに反撃も起きるのではないか。その引き金は大まかだがわかってきた。
皮算用に過ぎないのだが、それよりも自分自身を心配している。私は、精神的にまいることがあっても何とか対処できると思っているのだが、肉体的な終わりが近づいているかもしれない。特に兆候があるわけではないのだが、心配しないといけない身ではある。病気しても精神的なもろさでそのままあちらへ、ということもありそうだ。正直、そのことを心配するときりがない。そういう心配は、「老い」であることも知っている。
歳を重ねるごとにいろんなことが見えてきた私だった。女の心は見えないが、昔よりは話せるようになった。ひょっとすると、ねんごろになる女も出現するかもしれない。
そして、タブレットの限界も見えてきた。このThinkPad10はせっかく分離できるようになっているのだが、携行には向かない。キーボードをかっちり止める機構が無いからだ。強引に運ぶと、移動中に外れてしまい、うれしくないことが起きそうだ。液晶が傷つくとか、割れるとか。この点、痛いと思った。やはり、薄いノートをタブレット代わりに使うしかないのか。しかし、それではタブレットの持つ気軽さがなかなか得られない。ThinkPad10の良さはキーボードとセットで使う時だから、分離して使ってもあまり、ありがたくないのだ。Helixに期待してしまうが、あれば液晶の解像度が大したことない。この点ががっくりくる。
良さとしては、当初ぼろいと思えたマグネシウム合金の天板がいい味を出している。剛性が高いので本当に何かあっても大丈夫な気がする。ふせておいた時に何か落としたとかした場合にだ。他の会社のもここまで剛性が高いのだろうか。さすがに買い比べる余裕はないのだが。実験はそこそこ成功しつつある。これで開発環境とプロトタイプ作成がうまく行けば、これはもう、そこそこ使えるということになる。使いたおして、Ubuntuを入れてしまうという手もある。
こちら方面は順調なのだが、新たな提案作業は難航している。やはり、私にそうたくさんアイデアがあるわけではないからだろう。思い付きはメモしてあるが、これはあくまでも思い付きだ。現実に商売になるのかどうかは不透明だ。救いは、私はあくまでも自信満々だということ。さすがに不透明だけに、企業が食いついてきにくい。はっきり言えば、無視される可能性の方が高いのだ。
私の仕事は、そこそこ伸びると思っている。幅広く人を集めることができるからだ。ただ、運営は難しい。実際にそうであったように、メンタルの管理とかいろんな不調を訴える人が出て来るのでそれらにすべてこたえられるようでなければ、経営者は務まらないと思う。どうして、ここまで強気でいられるのかというと、この社会がそろそろ限界に来つつあるのではと思うからだ。ここまで国民を痛めつけると、さすがに反撃も起きるのではないか。その引き金は大まかだがわかってきた。
皮算用に過ぎないのだが、それよりも自分自身を心配している。私は、精神的にまいることがあっても何とか対処できると思っているのだが、肉体的な終わりが近づいているかもしれない。特に兆候があるわけではないのだが、心配しないといけない身ではある。病気しても精神的なもろさでそのままあちらへ、ということもありそうだ。正直、そのことを心配するときりがない。そういう心配は、「老い」であることも知っている。
歳を重ねるごとにいろんなことが見えてきた私だった。女の心は見えないが、昔よりは話せるようになった。ひょっとすると、ねんごろになる女も出現するかもしれない。
PR
Comment