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夕べも疲れたので昔のドラマをネットで探して見ていた。例の野島伸司「未成年」だ。彼のドラマに繰り返し出て来るセリフがある。「世界中のみんなが敵になっても私だけはあなたの味方になる」というもの。もっと言えば、深い深い愛情ということではないかと理解した。そんなに現実味があるわではなく、ある種のファンタジーとして見るのだが、それでも私が経験したことにない、深い愛情がそこには出て来ると思う。

歳を重ねると、多くの人の死に出会うので、後悔することも度々だ。その際に、愛情ということを思うのだ。そんなに大げさなものではなく、ちょっとした気遣いと言ってもいい。それをしなかったことに大きく後悔させられるのだ。私の父で言えば、ちょっと車いすで外に出てあげればよかったのに、と。体がじっとしていられないくらいだるく、外に出れば気がまぎれるようだった。私は、規則を盾に拒んだのだが、父は恐ろしく怒ったのだった。病気の父を相手に、そこまでがんばる必要があったのだろうか。

私の恋愛遍歴は特殊なようでありふれたものだと思う。つまり、女に相手にされない男によくあるパターンで珍しくもないということ。常に勘違いで惚れ込み、無視されるというものだ。だから、ドラマに見るようなドロドロしたものはほとんど無い。ただ、一例だけ、私が望まないのに一方的にドロドロにさせられたということもあった。むしろ、その時に人の感情の深い深いものを垣間見た感じだった。子供なら許されるかもしれない掟破りを平気でやってくるわけだ。それは、形を変えた愛情表現だったのかもしれない。私が勘違いしてきた女性にそれほどまでの行為をしたのかと言えば、それもなかった。つまらない男だと思われたかもしれない。私は、あまり露骨な表現は好きではなかっただけのことだが。

逆に私は常にそういう深い愛情にあこがれていたとも言える。成功しなかっただけのこと。難しいもので、一方的な思い込みでは成立しないのが、男女の仲。私はこわもてというか、人相が悪いので、ほとんどの女から外面的なことで好意を持たれることはない。だから、非常に厳しいのだが、それも多くの男が経験することだろう。性が異なるのでどうしても荒々しく見えるのは仕方のないことだ。問題は、私の内面にあることを知らなければならない。

だから、私はいつも野島ドラマのような、本当に信頼できる際限のないような愛情にあこがれるのだが、そういう人格なのかという反省もある。自分がそれなりの人物になって、はじめて得られるような信頼を求めすぎていないだろうか。失敗も弱点も短所も認めた上での愛情というものに最近はあこがれる。いつまでも自分はつまらない人間だと思うのも自由だが、それでは発展はない。率直に認め、乗り越えることだ。実は、今、ようやくそういう心境だ。おっさんにして、まだ恋愛に挑戦しようとしているのだ。下半身が元気でないこともある、おっさんなのに。
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