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先日の光市母子殺害事件の件で被告の弁護団の「考え」というのがずっと気になっていた。弁護団の一人、安田好弘氏の本が文庫になって最近出ていたので少し読んだ。
テレビで見るだけだと何という論理を展開する人かと思うが文章を読む限りではひたむきな一貫した主張がうかがえるし、いい加減な人間でもなさそうだ。私が狭い考えで世直しを唱えるのに対して、ずっと大きな視点から世の中を良くして行こうとする発想なのではないかと感じた。
事件を起こす人のほとんどは、「弱い人」だと安田氏は言う。弱いとは、「能力が高く、信頼できる友人がおり、相談相手がいて、決定的な局面に至る前に問題を解決していくことができる」の正反対を意味するそうだ。事件の元少年も、当然、弱い人だそうだ。
その「弱い人」に対して安田氏は、同情ではなく共感を覚えるのだそうだ。詳しくは、安田氏の経歴をたどらなければわからないのだが、それだけで弁護の論理は十分なような気がする。元少年への刑罰としては、死刑以外の最高刑、「無期懲役」が相当と考えるのだろう。
社会にとっては、無期懲役で何十年か後に釈放されてしまうとまた犯罪を犯すのではないかという不安が残るが、これは、「終身刑」とかアメリカのように懲役数百年という判決を可能にすることしかないかもしれない。
あえて冷酷な言い方をすると、残虐な犯罪を犯した元少年を生かして、犯罪を犯すにまで至った経過、反省する心が芽生えるようになるとしたら、その過程を今後の犯罪防止に徹底的に利用すべきだ。被害者遺族が主張するように、殺人を犯したならば命で償うのが正当だと思うが、それは社会から隔離するという方法であってもかまわないのではないかと思う。
今のように少年が犯罪を犯しても世の中に再度戻すことが普通に行われていると、被害者遺族だけでなく、やりきれない。情報が何も無いからだ。まだまだ、その点を解決するにはこの国は成熟していないということだろうか。
マスコミは、安田氏のことを「人権派弁護士」と酷評するのだが、この国が前の戦争にまで傾斜して行った過程を考えると人権派というのは貴重な存在ではないかと思う。つまり、何でも有罪→死刑とやっていると結局、社会全体が壊れてしまうのだ。
今回のこの事件に限らず、少年の犯した事件については情報を公開して行くことがまず原則だろう。光市の事件で一番強烈なのは元少年の書いた手紙だ。被害者遺族の感情を逆撫でするどころか反省の姿勢さえ無いと思われるような内容だ。安田氏は、知人との間でのおふざけだと言うのだが。
そして、その上で社会復帰を認めるかどうかは、さらに慎重に考えなければならないだろう。性犯罪の場合は、恐らく繰り返すので社会復帰は危険だと私は思っている。イギリスなどでも名前を変えさせて社会復帰させているようだが、再犯で被害者が出たとしてもそれを受け止めるということなのだろうか。
ただ、これもある人が書いていたのだが、犯罪者とその被害者にばかり目を向けるのではなく、今の司法制度や裁判制度の不備をずっとそのままにしている「国家」の不正に目を向けられる社会にしなければ、60数年前の悲劇は再度、起こると私は思っている。年金詐欺や高齢者処罰制度などは国家の犯罪以外の何ものでもない。
こういう国家の現状は、政権交代で即座に是正しなければますます悪い方向に向かうのではないか。
テレビで見るだけだと何という論理を展開する人かと思うが文章を読む限りではひたむきな一貫した主張がうかがえるし、いい加減な人間でもなさそうだ。私が狭い考えで世直しを唱えるのに対して、ずっと大きな視点から世の中を良くして行こうとする発想なのではないかと感じた。
事件を起こす人のほとんどは、「弱い人」だと安田氏は言う。弱いとは、「能力が高く、信頼できる友人がおり、相談相手がいて、決定的な局面に至る前に問題を解決していくことができる」の正反対を意味するそうだ。事件の元少年も、当然、弱い人だそうだ。
その「弱い人」に対して安田氏は、同情ではなく共感を覚えるのだそうだ。詳しくは、安田氏の経歴をたどらなければわからないのだが、それだけで弁護の論理は十分なような気がする。元少年への刑罰としては、死刑以外の最高刑、「無期懲役」が相当と考えるのだろう。
社会にとっては、無期懲役で何十年か後に釈放されてしまうとまた犯罪を犯すのではないかという不安が残るが、これは、「終身刑」とかアメリカのように懲役数百年という判決を可能にすることしかないかもしれない。
あえて冷酷な言い方をすると、残虐な犯罪を犯した元少年を生かして、犯罪を犯すにまで至った経過、反省する心が芽生えるようになるとしたら、その過程を今後の犯罪防止に徹底的に利用すべきだ。被害者遺族が主張するように、殺人を犯したならば命で償うのが正当だと思うが、それは社会から隔離するという方法であってもかまわないのではないかと思う。
今のように少年が犯罪を犯しても世の中に再度戻すことが普通に行われていると、被害者遺族だけでなく、やりきれない。情報が何も無いからだ。まだまだ、その点を解決するにはこの国は成熟していないということだろうか。
マスコミは、安田氏のことを「人権派弁護士」と酷評するのだが、この国が前の戦争にまで傾斜して行った過程を考えると人権派というのは貴重な存在ではないかと思う。つまり、何でも有罪→死刑とやっていると結局、社会全体が壊れてしまうのだ。
今回のこの事件に限らず、少年の犯した事件については情報を公開して行くことがまず原則だろう。光市の事件で一番強烈なのは元少年の書いた手紙だ。被害者遺族の感情を逆撫でするどころか反省の姿勢さえ無いと思われるような内容だ。安田氏は、知人との間でのおふざけだと言うのだが。
そして、その上で社会復帰を認めるかどうかは、さらに慎重に考えなければならないだろう。性犯罪の場合は、恐らく繰り返すので社会復帰は危険だと私は思っている。イギリスなどでも名前を変えさせて社会復帰させているようだが、再犯で被害者が出たとしてもそれを受け止めるということなのだろうか。
ただ、これもある人が書いていたのだが、犯罪者とその被害者にばかり目を向けるのではなく、今の司法制度や裁判制度の不備をずっとそのままにしている「国家」の不正に目を向けられる社会にしなければ、60数年前の悲劇は再度、起こると私は思っている。年金詐欺や高齢者処罰制度などは国家の犯罪以外の何ものでもない。
こういう国家の現状は、政権交代で即座に是正しなければますます悪い方向に向かうのではないか。
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