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東京から離れて、そろそろ1年近くになる。正確には12月が来てからだが、この頃になると頻繁に行き来していいたので、そう思うのだろう、とは前に書いた通りだ。実際に、毎月のように帰っていた。そして、どことなく他人事のようでもあった。それは、あまりにもたくさんの荷物があったので、果たして予定通りできるのか、という疑問があったからだった。ただ、やるもやらないも自分次第、私にやる気があるのかどうかだった。

こちらで、茫然自失の日々を送っていると、ちょうど311前で体調は良くないが、何とか仕事はできていた頃のことを思い出す。つまり、何も考えずに生きていた頃のことは、今となっては、香しい時代だったのかもしれない。愚かな考えだが。

当時の私の悩みと言えば、自分のことだけだったかもしれない。もちろん、会社のことは考えていた。そして、まさに会社のことを優先させたために自分のことは、健康診断を受けることくらいで済ませていた。もっと快適にやれないかということを考えていたのだ。仕事が仕事なので机の上での仕事が効率的だと思えなかったのだ。

在宅で、出勤は週に2~3回で済ませたかった。ただ、社員もいるし、先方はそういう労務体系に慣れていない古い会社でもあった。私の都合だけでは動けなかったのだ。だから、何とか出勤して、眠らないように苦労していたくらいだ。ラジオや音楽を聴くくらいでは寝てしまうという毎日だった。それだけ生活も荒んでいたのだと思う。それが、何とかしたかったが、できなかったという言いわけでもあった。

結局、どっちつかずの私の性格が最悪の結果を招いてしまった。東京で仕事をする以上、311のような天災は予測していた。そして、助からないことも。だが、実際にはもっと苦しい現実が来てしまった。地震では死ななかったが、放射能で生殺しだったわけだ。311以降の3年もまさに茫然とした日々だったように思う。

そして、私には香しい時代だったかもしれないが、二度と戻ることは無いし、まったく希望のない発想だということもわかっている。単に心のバランスを保つために私の頭が勝手に動いているのではないかと思っている。東京でもっとがんばるべきだったということもあるが、一方で放射能を心配しつつ生きることにも限界を感じていた。私自身の体調悪化が決定的だった。

そんな東京の結末だったのに、今ではなつかしく思えてしまう。現実の東京は、311以前は、それなりにいい街だった。金さえあれば、何でも手に入る、汚い街という感じだった。カラオケで映る東京らしい街は、それなりに真実を投影している。
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