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今年に入って、いとこ一人、叔母二人を亡くした。叔母は、年齢的に仕方ないところがあったが、それぞれに悲しい事情があった。いつの日か、それを語るだろう。
では、いとこは納得できる死だったのか。今の今まで、そう思っていたが、そうでもないと思うようになった。いとこは肝臓ガンに侵されていた。私が年末にお見舞いに行った時には、腹水なのかお腹がパンパンにふくれていた。しかし、「ボチボチじゃ。」と笑顔を見せるくらいだったのだ。
私のように、酒もタバコもやらないのに肝臓に軽度異常があるのとは違い、酒をオロチのように飲むため、肝臓を壊したのであった。事情は、自分に向いた仕事が得られなかったことによると、私は思っている。私も、今、同じような立場にあるので、酒でも喰らいたい気持ちは痛いほどわかる。
恐らくは、やる気が無いわけではなく、何も与えられなかったのだろう。運とかタイミングもあるだろう。とにかく、酒に頼る生活になり、肝臓を壊してしまった。私との関係では、父が病床にある頃、会ったのが最後だった。年末に、それを話すと覚えてくれていた。
その後、どうなったのか事情は全く知らない。あるいは、借金をこしらえつつ、不本意な日々を過ごしたのかもしれない。資格とか、コネとかが無いとこの地では生きて行けない。少しも嬉しくはないのだが、他の病気で障害者のお金がもらえる立場にあったとも聞いた。しばらくは、それで何とか生きられていたのだが、やはり、人間、生活できればいいというわけではないのだ。
私などがクチバシをはさむような場面ではないのだが、これからやろうとしていることは、人の能力を生かす仕事をできる限りの人にやってもらおうという事だ。やる気がある以上は。決して見捨てることなく、どこまでも仕事をしてもらう、そんな事業だ。幅があるので、私が会社を再興することで、そういうことも可能になる。
病気だから、仕事をしていないのだから、死ぬのも仕方ない、というのは間違いだ。誰にも、かけがいのない人生があり、意欲的に生きる権利があるのだ。たまたま、運や機会に恵まれなかっただけのこと。私は、そういう人々を救済するような事業を興したい。
いとこの死をきっかけに、見えていないことも見えて来たように思う。
では、いとこは納得できる死だったのか。今の今まで、そう思っていたが、そうでもないと思うようになった。いとこは肝臓ガンに侵されていた。私が年末にお見舞いに行った時には、腹水なのかお腹がパンパンにふくれていた。しかし、「ボチボチじゃ。」と笑顔を見せるくらいだったのだ。
私のように、酒もタバコもやらないのに肝臓に軽度異常があるのとは違い、酒をオロチのように飲むため、肝臓を壊したのであった。事情は、自分に向いた仕事が得られなかったことによると、私は思っている。私も、今、同じような立場にあるので、酒でも喰らいたい気持ちは痛いほどわかる。
恐らくは、やる気が無いわけではなく、何も与えられなかったのだろう。運とかタイミングもあるだろう。とにかく、酒に頼る生活になり、肝臓を壊してしまった。私との関係では、父が病床にある頃、会ったのが最後だった。年末に、それを話すと覚えてくれていた。
その後、どうなったのか事情は全く知らない。あるいは、借金をこしらえつつ、不本意な日々を過ごしたのかもしれない。資格とか、コネとかが無いとこの地では生きて行けない。少しも嬉しくはないのだが、他の病気で障害者のお金がもらえる立場にあったとも聞いた。しばらくは、それで何とか生きられていたのだが、やはり、人間、生活できればいいというわけではないのだ。
私などがクチバシをはさむような場面ではないのだが、これからやろうとしていることは、人の能力を生かす仕事をできる限りの人にやってもらおうという事だ。やる気がある以上は。決して見捨てることなく、どこまでも仕事をしてもらう、そんな事業だ。幅があるので、私が会社を再興することで、そういうことも可能になる。
病気だから、仕事をしていないのだから、死ぬのも仕方ない、というのは間違いだ。誰にも、かけがいのない人生があり、意欲的に生きる権利があるのだ。たまたま、運や機会に恵まれなかっただけのこと。私は、そういう人々を救済するような事業を興したい。
いとこの死をきっかけに、見えていないことも見えて来たように思う。
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