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IWJで福沢諭吉の特集をやっていたのを見た。諭吉は同時代の人には正当に評価されていたのだが、時代が下るにつれ、支配の文章として利用されたらしい。読めばわかるのだが、引用を見ただけでは騙されるのだろう。スターリンがレーニンを利用したように。
しかし、現実に福沢の全集を読むなど至難の業だ。今なら、お金も時間も必要だ。私の活躍でデジタル化されても、誰も読まないだろう。明治人の文章の語彙についていけない。そして、時間が無いのが普通だ。私にも切実な問題だ。デジタルを仕上げても使われないようでは。
ただ、答えは出ているとも言える。要するに、紙の本で読みづらいものは、デジタル化しても同じことなのだ。検索性は良くなるが、理解しやすくなることはない。私はどうしているのかと言えば、わかりやすい本をいくつでも買うわけだ。どんどんデジタル化することで、そういう本に行き当たる可能性は高くなる。その意味では、数多くのデジタル本が出て検索にひっかかることが理解を助けることは、間違いない。
しかし、現実に福沢の全集を読むなど至難の業だ。今なら、お金も時間も必要だ。私の活躍でデジタル化されても、誰も読まないだろう。明治人の文章の語彙についていけない。そして、時間が無いのが普通だ。私にも切実な問題だ。デジタルを仕上げても使われないようでは。
ただ、答えは出ているとも言える。要するに、紙の本で読みづらいものは、デジタル化しても同じことなのだ。検索性は良くなるが、理解しやすくなることはない。私はどうしているのかと言えば、わかりやすい本をいくつでも買うわけだ。どんどんデジタル化することで、そういう本に行き当たる可能性は高くなる。その意味では、数多くのデジタル本が出て検索にひっかかることが理解を助けることは、間違いない。
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