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この国では大学へ行っても学問をやれないのかもしれない。1980年代、私は大学へ行くべくがんばっていたのだが、どこも入れなかった。受験勉強では成績が及ばなかったのだ。しかし、それは言い訳で、受験しか大学へ行く術が無い以上、何とか受験を突破するしかなかった。
私も自分が飽きっぽいのを知っているので、やりたい学科がある所しか行きたくなかった。天文学を置いている大学は限られていた。私の成績ではとても入れない大学ばかりだったのだ。というよりも、別に大学など行くつもりが無い連中が、就職先を考えて受験したのだと思っている。
興味があるものなど限られているので、とても受験でいい成績などあげられるわけがないのだが、当時は何とかできるのではないかと思っていた。共通一次があっても無くても入れなかったと思う。受験では成績を出せない感じだった。しかし、今でも受験はすべてなので、今でも入れないと思う。
だから、私としては大学受験など不要という結論になるし、卒業も廃止するべきだという意見になる。卒業という名の免罪符を与えるから、企業は人を見る目が養われないし、大卒者は実力があると勘違いする。結果、社会が劣化する。時の首相を見ればよくわかる。あの御仁は憲法がなぜあるのかさえわかっていないのだ。
このままで社会が良くなるならば、システムもそのままでいいかもしれないが、現実には良くなっていない。原発は爆発し、被害者は棄てられ、今、他の国民も棄てられようとしてしている。政治家や省庁の人間のバカな発想でだ。これは、容認できる話ではないだろう。
大学がものを考え、学問を研究する場として生きていたら、こんな社会にはならなかったのではないのか。そこそこいいものが開発され消費されていったのではなかったか。現状、私も先立つものが無くなったのだが、たとえあったとしても欲しいものが無いくらいだ。仕事で使うパソコンやタブレットすらボロくなってしまった。今は、最悪の時代と言える。贅沢品のカメラは言うまでもない。
すべては考えることをしなくなったからではないか。戦前もこういう傾向があったと思う。どんどん社会が荒んで行くのだが、せめて自分の立場は確保しようとして、ものを言わなくなるのだ。そうすると、さらに支配者はつけあがり、ごり押しして来る。これはどこまで行くのかというと「命を出せ」と言われ、差し出すところまで行く。そして、犬死にすることで終わる。
7月初め、良くも悪くも私の運命も動く。たいしたことではないのだが、変化はある。そして、この社会も運命づけられるのではないだろうか。嫌だと主張できない者は堕ちて行くだろう。
私も自分が飽きっぽいのを知っているので、やりたい学科がある所しか行きたくなかった。天文学を置いている大学は限られていた。私の成績ではとても入れない大学ばかりだったのだ。というよりも、別に大学など行くつもりが無い連中が、就職先を考えて受験したのだと思っている。
興味があるものなど限られているので、とても受験でいい成績などあげられるわけがないのだが、当時は何とかできるのではないかと思っていた。共通一次があっても無くても入れなかったと思う。受験では成績を出せない感じだった。しかし、今でも受験はすべてなので、今でも入れないと思う。
だから、私としては大学受験など不要という結論になるし、卒業も廃止するべきだという意見になる。卒業という名の免罪符を与えるから、企業は人を見る目が養われないし、大卒者は実力があると勘違いする。結果、社会が劣化する。時の首相を見ればよくわかる。あの御仁は憲法がなぜあるのかさえわかっていないのだ。
このままで社会が良くなるならば、システムもそのままでいいかもしれないが、現実には良くなっていない。原発は爆発し、被害者は棄てられ、今、他の国民も棄てられようとしてしている。政治家や省庁の人間のバカな発想でだ。これは、容認できる話ではないだろう。
大学がものを考え、学問を研究する場として生きていたら、こんな社会にはならなかったのではないのか。そこそこいいものが開発され消費されていったのではなかったか。現状、私も先立つものが無くなったのだが、たとえあったとしても欲しいものが無いくらいだ。仕事で使うパソコンやタブレットすらボロくなってしまった。今は、最悪の時代と言える。贅沢品のカメラは言うまでもない。
すべては考えることをしなくなったからではないか。戦前もこういう傾向があったと思う。どんどん社会が荒んで行くのだが、せめて自分の立場は確保しようとして、ものを言わなくなるのだ。そうすると、さらに支配者はつけあがり、ごり押しして来る。これはどこまで行くのかというと「命を出せ」と言われ、差し出すところまで行く。そして、犬死にすることで終わる。
7月初め、良くも悪くも私の運命も動く。たいしたことではないのだが、変化はある。そして、この社会も運命づけられるのではないだろうか。嫌だと主張できない者は堕ちて行くだろう。
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